2009年12月27日日曜日

クリスマス

 
2009年のクリスマスイブ。

今年もサンタは子供達に無事プレゼントと届けてくれた。

子供の頃、我が家にはサンタは現れなかった。さすが昭和一桁生まれの親の家。


クリスマスイブの前日だったか、仏画(タンカ)が届いた。




















嬉しいクリスマスプレゼント。

1年半前くらいだったか、インドのダラムサラに亡命しているチベット人タンカ絵師への支援というサイトを見つけて注文したものだ。

ようやく書き上がったとのこと。

それなりに値は張るが、世界に一つの自分だけのために描かれたタンカを持つ喜びは大きい。主尊は金剛薩タ(タは土編に垂)、加えて観音菩薩と文殊菩薩も描かれている。

クリスマスプレゼントに金剛薩タの仏画が届く。

なかなか楽しいことだ。

仏画を見据えながらメンデルスゾーンのオラトリオ「パウルス」を聴く。

サンタと金剛薩タとメンデルスゾーンと聖パウルス。
法華経を少々読む。5頁くらいだったろうか。

祈りはどのような形であってもよい。



2009年12月16日水曜日

名古屋

 
日曜日の夜から出張で名古屋に来ている。
日曜日の夜はひつまぶし、昨日は海老フライ、今日は昼に味噌かつ丼(ミニ丼)、今夜は味噌煮込うどんを食べようかと思ったが結局ロールキャベツ定食。仕事の都合で延泊が続いて明日も泊まる予定。何を食べようか?でも一人で食べる食事はやはり味気ない。何を食べるかも大切だがあ、やはりどのように食べるかが大切だ。

 

2009年12月9日水曜日

怒濤の一日

 
昨日。
9:30 クライアントとミーティング(12時まで)
13:00 交渉(15:30まで)
15:30 クライアントのミーティング(17:00まで)
18:00 弁護士とミーティング(oo:00まで)
00:30 上司と電話でディスカッション(1:00まで)
1:00 あまりに疲れて帰る気力充電のため新橋のBarに飲みにいったら、偶然、会社の若者が二人で飲んでいた。彼らはすぐに帰って行った。
1:45まで飲んで家にたどり着いたのは2時半。メールを2、3本書いて、寝たのは3時半だったか。
 

2009年12月7日月曜日

結局、Airを買いました

 
ついにMacbook Airを買った。確かに薄くて軽く、デザインは秀逸だ。
Wimaxとも契約し、早速明日から外出先でどの程度使えるか試してみたい。
Max OSのほかに、Parallels DesktopとWindows 7もインストルーし、Windows環境も整えた。さてどの程度仕事のやり方が変わるか、変わらないか。
 

2009年11月26日木曜日

ジョニー・グリフィンとMac Book Air

 
会社の同僚からおすすめのJonny Griffin(テナー)とFranco Cerri(ギター)のCDを沢山借りる。普段はもの静かな彼は、こだわりのオーディオでジャズのレコードを聴き、車はデイムラーXJ、スーツはバーニーズで買い、腕にはパネライの腕時計が光っているという曲者だ。普段静かな分、飲むと弾けるので楽しい。

持ち歩き用のノートパソコンを買おうか迷って久しい。VAIOのType Xが良さそうだなあと思っていたが信頼するIT専門家に却下された。やはりNetbookでは限界がある。しかしMacBook Airなど買ってしまったらソフト等含めて20万円超の投資。それに見合うリターンが得られるのか思案中。しかし思案している時間も勿体ないのでとにかく買ってみてまずは自分にとってモバイル環境の構築が有効なのか試してみるという選択肢も合理的かと・・・。件の専門家からは「Mac Book ProにサードパーティのSSDを換装」という提案が・・・家のメイン機であればそれに決まりだが持ち歩くには重いのではと二の足を踏んでいる。
 



2009年11月12日木曜日

恵比寿BJ

 
昨夜は恵比寿BJで旧友K副部長とM氏と飲む。タリスカ18年うまし。不惑寸前にして迷い惑いまくっている吾ら。結局、1時過ぎまで飲んで、その後「ちょろり」でラーメンを食べて帰る。家に着いたら3時だった。

本日は午前中からヘビーなミーティングがあってなかなか辛かった。
 

岡井隆 全歌集


岡井隆 全歌集 全4巻(思潮社)が届いた!
1956年から2003年までの全歌集を収録。


2009年11月9日月曜日

雑感

 
土曜日。
車で平和島にある東京流通センターへ行く。バーゲンでアクアスキュータムのトレンチコートを購入。深緑の綺麗な色。丈も長くて、ここ何年かコートを買おうと思いながらも欲しいものが見付からなかったので、求めていたものに出会えて良かった。その他シャツも数枚購入。子供服はないと言ったのに何故か娘が付いて来たが、荷物持ちとして活躍。

京急デパートで下の子供と合流。バトリオをやる。ルールを理解していないくせに負けたといって怒っていた。妻の携帯の機種変更したり、中華料理を食べたり、本屋でズバピタを買ったり、家に帰ったらもう夕方。

子供が寝た後、借りてきた「チェ 28歳の革命」を見る。カタルシスはなく、内省的な映画というかドキュメンタリーと感じた。波長が合うときに見れば色々と考えるきっかけを与えてくれるだろうが、エンターテイメントとしての映画を求めると???となる。

日曜日。
横浜の東急ハンズでブラブラ。次期主力仕事鞄(黒)のリサーチ。桂花ラーメンを食べた後で、隣のHMVでキース・ジャレットの"Testament"とヒラリー・ハーンの"Bach Violin and Voice"を購入。

積んである本が沢山あって処理能力オーバー。ろひちかなまや、が「人の書いた物を読むだけに時間を占領されてしあうことほど、つまらないことはないからです・・」と発言しており、しばし考え込む。

ああ、いつのまにか11月も第1週が終わっている。
 

 

2009年10月24日土曜日

岡井 隆「私の戦後短歌史」

 
最近なぜか短歌が気になって、あれやこれやと読み漁っている。
本書は、永く現代短歌の最先端にいて、80歳を超えた今でも走り続けている大歌人が戦後の歌壇や自らの生活と創作の移り変わりを語ったもの。

とても面白く一気に読んでしまった。

早速、同氏の最新歌集「ネフスキイ」を買って読んでいる。
語数が限られているからこそ伝わるもの、制約があるからこそ高くなる言葉の密度。

「うつくしい岸が見えない鵠(くぐひ)にもそのうしろから泳ぐぼくにも」

※ 鵠は白鳥の古語
 

2009年9月13日日曜日

SQ-38u












久しぶりに秋葉原へ行き、大きな買い物をしてきた。
懸案?のアンプとCDプレイヤーの新調。できればスピーカーもと目論んでいたが・・・。

何年かぶりにテレオン2号館に足を踏み入れた。

量販店のオーディオ売り場など気がつくと覗いていたが、やはり雰囲気、店員の知識は専門店に遠く及ばない。今日は秋葉原へ行く前にトレッサ横浜にあるオーディオスクエアというお店にも行ってみたが、常連さんとのお話に忙しいようで余りこちらを相手にする気がなかったようなので一回りして店を出てしまった。試聴用のCDが沢山入っていたTower Recordの袋を持っていたのだが・・・。

やはり秋葉原しかない、というわけで車を走らせ1号線で一路テレオンへやってきた。
今のスピーカーでどれくらい音が変わるか楽しんで、スピーカーを換えるのは次のお楽しみにとっておいたほうが良いと言われ、納得。予算があるからといって無理矢理買わせようとしないところが良い。

アンプは早い段階でLUXMANに絞り込まれ、試聴を繰り返した結果、アンプはLUXMAN SQ-38u、CDプレイヤーはDENONの1650SEを買った。

海外メーカーの製品に未練も残ったが、このクラス(ピュアオーディオ入門クラス)のコストパフォーマンスは国内メーカーが圧倒的に高いというアドバイスもあり、また、実際に聴いてみると確かに納得の音で、この組み合わせとなった。純A級のL550AIIとも迷ったが、やはり音の密度が違う。SQ-38uは真空管アンプだが中音域の潤いそのままにタルイ感じは全くしない。

早速持って帰り接続完了。今までと全然次元の違う音に感動!家人も部屋の前を通りかかっただけで「今までとは違う音」と言っていた。

2009年9月6日日曜日

夏の旅行


(今後、変更・追加有り)

夏休みの旅行。2009年8月22日〜27日。

出発の前日、仕事で家にたどり着いたのはAM3時。
1時間荷造りして、4時に寝て、6時起床、7時出発。今年は車で移動した。

ラグーナ蒲郡で名古屋に住む兄夫婦と待ち合わせ。
ラグナシアで遊んだ後、西浦温泉泊。ふくろうがいる旅館。兄夫婦は海外から帰国したばかりで、会うのは久しぶり。子供の成長に驚いていた。

翌日、岐阜県の養老にある、養老天命反転地という公園へ。途中、兄の新型プリウスを運転する。未来的?というか、車を運転しているという肉体的な感触に欠けるが、車の進化の一つの姿であると感じる。

不思議な公園では、子供二人が相次いで転んで負傷。

ここで兄夫婦と別れ、兵庫県の有馬温泉へ。三田牛のしゃぶしゃぶは大変美味。お湯も大変結構。また来たい。

翌日、有馬温泉の街を散策した後、姫路城。流石に美しい。まもなく平成の大修理だそうで、よいタイミングで見学ができた。切符売り場や入り口の係員は非常に感じが悪い。

夜に広島入り。ライトアップされている原爆ドーム。近くの広島焼の店で遅い夕食。グランドプリンス広島にチェックインしたのは10時くらいか。

翌朝、プリンスに併設の桟橋から高速船で宮島へ。シカと戯れ、厳島神社参拝。折角なのでと神殿に上がりお参りしたら、我々の家族だけで祈祷してもらった。なんかお得な感じ。
穴子丼、焼牡蠣、カキフライ、もみじ饅頭というお決まりのコースを経て、帰りはJRで広島駅まで行き、タクシーで平和記念公園へ。もともと広島へ行きたいと言い出したのは娘。平和資料館を時間をかけて見たが、何を感じただろうか。平和の碑で献花。爆心地へも行く。夕方、ホテルへ戻り、車に乗り込み大阪へ。自分で立てた計画とはいえ若干無謀だったか。

ホテル・ユニバーサル・ポートにチェックイン。
遅い時間でレストランもやっておらず、カップラーメンを食す。部屋は広い。

翌日は1日、USJ。
エクスプレス・パスとやらを事前に買い求め(USJだけでかなりの出費だ!)、サクサクとアトラクションを楽しむ。成る程、1度、2度行くのは楽しいかも。下の子供は本気でビビっていたりして面白い。娘は何故かジョーズにはまる。やけに水に濡れるテーマパークだ。1日存分に堪能。夕飯も何となくパーク内で食べ損ね、すぐ近くのハードロックカフェへ行く。ビールとハンバーガーが美味。

最終日。朝寝坊し、チェックアウト。近くのユニバーサルシティとやらをブラブラし、帰路。新名神を初めて走る。快適な道だ。自宅にたどり着いたのは夜9時くらいだったか。

乱読

ジョン・アップダイクの「クーデタ」を読了。余りピンと来ず。並行して山本玄峰師の「無門関提唱」をゆっくりと読み進め、エドワード・サイードの「人文学と批評の使命」を再読中。やはり二度三度読まなくてはしみこんでこない。内田百閒の「阿呆列車」を漫画にしたものはいい味を出している。半藤一利「昭和史」2巻は一気に読める。本日、ディアゴスティーニのオペラ・シリーズの創刊号で「カルメン」を買う。カルロス・クライバーのDVDが付いていて980円!

本が本棚から溢れかえり収拾がつかなくなっている。以前よりは本を処分するようにはなったが・・・。

2009年8月8日土曜日

更新できず

 
 
それにしても忙しい。
こんな景気の中、忙しくできているのには感謝しなくてはいけない。
でも、ちょっと身体がもたない。

夏休みが待ち遠しい。

2009年6月18日木曜日

北京旅行3日目をアップ


下書きの日付でアップデートされてしまい、どうやっても修正できないので↓下をご覧頂きたい。

  

2009年5月31日日曜日

年に一度のゼミ同窓会

 
昨夜は恒例のゼミ同窓会。場所は表参道の小綺麗な居酒屋?卒業以来一度も欠かさずに行われている。毎年アレンジしてくれるゼミ代のMちゃんには感謝しきりである。

今年はアメリカで弁護士をしているH氏が参加。何年振りだろうか。会うのは卒業以来初めてかもしれない。日本事務所で数年駐在するとのこと。10何年振りであろうが、全く久し振りという感じがしなかったし、会わなかった間の隙間はあっという間に埋められる。

盛り上がって結局午前2時まで飲んでしまった。Mちゃんは沈没。

さて、これからオフィスへ行かなくては。
 
 

2009年5月29日金曜日

雨の恵比寿

 
相変わらず激務が続いているが、その合間を縫って(というか投げ打って)、昨夜はバイオ・ベンチャー・キャピタリストのM氏と恵比寿BJにて飲んだ。M氏は某外銀のときの先輩。

当然ながらFund Raisingはかなり難しいようで、現在は既存投資先の育成に力を入れつつ雌伏の時。事務所も引っ越したりしてコスト削減。日本のVCの現状など盛り上がる。その他M氏は最近新宿区に転居しているが、東京在住に効能について聞かされた。

久しぶりに外で飲んだ酒は美味しかった。
 

2009年5月23日土曜日

運動会

 
北京旅行記を早くまとめなくては思っていた矢先に仕事が猛烈に忙しくなってしまった。先週の帰宅時間は平均して2時AMくらいか。昨日は用事があり自宅には早く帰ってきたものの、結局午前3時過ぎまで仕事。朝刊を配達するバイクの音を聞いて寝床に入った。さすがにきつい。

今日は娘の運動会。暑かった。こじんまりとした小学校なので、のんびりと見物できるのがよい。騎馬戦やリレーなど子供達が元気に頑張っている姿を見るとこちらも元気が貰えるような気分になる。

今年は娘の白組が勝利。娘も喜んでいた。

帰宅後、午睡を・・・と思って横になると、次に気がついたのは夜の8時だった。
 

2009年5月15日金曜日

北京旅行3日目



 
3日目
北京動物園。オリンピック記念パンダは四川に帰ったらしいが、建国60周年記念パンダというのが6匹来ていた。パンダが4匹くらいでダンゴになっていたらしい。これは確かに日本では見られない。中国人にもパンダは大人気で、すごい人出だった。



















息子のリクエストで海遊館へ行き、イルカショーを見る。
11時スタートを思って急いで行ったら、12時スタートだったらしく1時間待ち。最初は空いていたが、開始前には満員。詰まらない前座のピエロショー、アシカのショーが長く、イルカの出番は短い。何と12時から30分で終了。息子は途中で寝てしまう。

その後、女性組+息子と別れ、男性組は北京の秋葉原である中関村へ行く。北京動物園から地下鉄13号線の西直門駅まで歩いていくが、思ったより遠い。途中レストランのボーイに道を聞くが「ここを真っ直ぐ行って、ほら見えるだろう」と言っていたらしいが、それらしい建物はなく、暑い中さらにトボトボと歩いていると、ようやく発見。これは見えないだろう、あそこからは。お前の視力は2.0か!などとひとくさり。
中国の地下鉄初体験。
13号線は地下鉄とは名前が付いているが高架を走る。駅、車輌は出来たてだけにとても綺麗。日本のSuicaやPASMOに相当するICカードも導入されているし、切符もICカードっぽい。ただし、券売機が紙幣の使える機種と使えない機種がある。使えない機種の場合は、横にお姉さんが立っていて両替してくれる(もしくは窓口)。自動券売機の隣にお姉さんが立っている、という何だか自動券売機の概念を転倒させるような光景を見ながら、電車に乗り込む。そういえば改札前に荷物チェックがあり、空港での手荷物検査と同じ要領でX線装置の中を一人一人荷物を通すのだが朝のラッシュ時もやっているのだろうか? 当然、整列乗車などあり得ず、関西風にどっと乗り込む。まあ、整列乗車で割り込みとか順番を守らない奴がいるなどということを気にするよりは却って精神衛生上よいのかもしれないと感じた。社内はえらく混雑。知春路駅で10号線に乗り換え。こちらはさらに新しい路線で車輌が更に綺麗。社内は空いていてほっとする。

海淀黄莊駅で下車、地上に出る。見回しても電気街らしいところは見られない。何となく人が流れている方に歩いていく。途中、ベラージオという台湾系のお洒落な中華料理屋に入る。内装はえらくモダンである。なぜか女性店員全員が短髪。店の方針のようだ。デザートが有名らしく、デザートを頼まなかったら怪訝な顔をされた。ビールがうまい。カレー風味炒飯、空心菜炒め・・・。美味美味。おお、この店は喫煙可。街中は案外禁煙の店が多い印象。

ようやく電気街を見つける。これまでの所に比べると若者がとても多い。「○○電子城」という古びたビルと比較的新しいビルが沢山建っている。入ってみると客引きがすごい。中国ならではの面白いガジェットはあまり見付からず、個人経営の小さな電気屋さんやパーツ屋さんが集まっている。Appleがまだ販売していない、iPhoneのクラムシェル型が売っていたのにはワラた。携
帯電話は結構高い。800~2000元(1万2千円から3万円)くらいだろうか。3人で歩いていると8割の確立で客引きはセッシーのところへ行くのにもワラた。やはりオタクの匂いがわかるのだろうか。特に買い物をするわけでもなく、店をぶらぶらして、中関村の雰囲気を満喫。

地下鉄の駅に戻り10号線に再度乗って、呼家楼駅へ。次は朝暘劇場で雑伎団鑑賞。地下鉄に乗っていると対面に座った眼鏡をかけた若者が、PSPに没頭し、ヘッドフォンで音楽を聴いている。手にしている紙袋の中には外付けハードディスクかPCのパーツか。うーん、日本と全く変わらない。オタクは世界を一つにしている。

朝暘劇場に着くと、女性組+息子は既に到着していた。彼女らは北京動物園の向かいにある服飾市場で買い物をしていた。娘がかわいい財布を買ったと喜んでいる。ロビーでアイスクリームを選ぶがパッケージを見てもよく分から
ないのでエイやと買ったら、紫芋のアイスクリームだった。アイス好きのタコ氏は失敗だと嘆いたが、私にはそれ程悪いとは感じられない。

で、雑伎団。前から3列目、大迫力である。雑伎団も色色あって朝暘劇場のはよりエンターテイメント色を強めたものらしい。面白いし、凄い!ただ、事前に舞台に上がっている少年少女は捨て子とか不幸な生い立ちの子が多く、小さい頃から無理を重ねているため20歳を過ぎると身体を壊してしまうことが多いと聞き、ちょっと複雑な心境である。しかし、その技は正に圧倒的である。

朝暘劇場を出て、みんなで地下鉄に乗り、ホテル最寄り駅の亮馬橋駅へ。通り道の全聚徳で北京ダック三昧!一羽で3500円くらいだったか。うまいうまいといいながら一羽を平らげる。こちらの北京ダックは皮も肉も食べる。ビール、紹興酒と杯を重ねすっかりいい気持ち。
















歩いてホテルに戻る。タコ氏は翌日から出勤なので早々に就寝。我々も一杯飲んで寝る。今日も盛り沢山であった。
 
 

2009年5月10日日曜日

北京旅行2日目

 
2日目

快晴。
8時頃に1階ロビーで簡単な朝食。ジュース、珈琲、クロワッサンやトースト、ヨーグルト、フルーツなどが用意されている。
9時過ぎに出発。近くの食品市場を見学。野菜、フルーツ(水菓)、肉、魚と何でもあり、活気がある。
タクシーをつかまえ景山公園へ。中国もGWなのでものすごい人出。
山頂から故宮を望む。
ラケット太極拳おばさんの凄い技にみとれる。

景山公園と故宮の間の広場が北京で一番のパワースポットらしい。
故宮の人出も凄まじい。中国人のお上りさんばかり。
広い。


















見るのは建物、装飾。龍のレリーフ。いわゆる宝物の類はほとんどない。宝物は博物館や台湾の故宮博物館にあるのだろう。
息子がトイレに行きたいと言い出すが、近くにトイレがなく、どうしようかと思っていると、現地の子供が端の方へ行って立ちションをしている。ということで世界遺産で立ちション。すると次に息子は眠いと言いだし、タコ氏が抱っこ。
これだけ歩けば疲れるだろう。
門を出ると人が溢れていて身動きができなくなる、有料の中山公園を抜けていくことに。人が少なくってほっとする。息子の抱っこを交代する。重い。

天安門前の通り抜け、毛沢東の大肖像画を横目に王府井(ワンフージー)へ向かう。息子が重い。21㎏の泥人形。足が痛い。気温が高く暑い。25度以上ある。王府井の外れにある四川飯店で昼食。店はローカルな雰囲気。燕京ビールが最高。麻婆豆腐、担々麺、鶏肉の唐辛子炒め・・・。どれもこれも美味しい。余り辛くない。皆元気を取り戻す(子供は余り食べられなかったが)。

王府井は東京でいえば銀座のようなスポットらしい。外国書店前でK君と待ち合わせ。K君は前の職場での同僚で今は北京事務所で働いている。

王府井の商店街で、サソリやタツノオトシゴ、セミのさなぎの素揚げを見学。娘はパイナップル飴を食べる。




















流しのタクシーが一向に捕まらず北京飯店そばの客待ちタクシーは乗車拒否。グランドハイアットで並びタクシーを捕まえ、天壇公園へ向かう。皆疲れていたのでざっと見ることに。コーラスの練習をしている団体を見学。楽譜を覗いてみると音符ではなく数字が書いてある。

タクシーで少し走らせ、馬連道にあるお茶市場へ。沢山のお茶の卸売りが集まっている。馬連道茶城という建物の中はお茶のお店がいっぱい。
日本語が少し話せる小姐にお茶を入れて貰い、沢山試飲する。青茶の一種である岩茶(烏龍茶の一種)を頂く。福建省の武夷山で岩の周りに植えたお茶から収穫されたお茶の葉で、武夷岩茶という。土壌や岩のミネラルによって味・香りが変化する。美味しい。蓋椀という茶碗でお茶を入れる。蓋に付く香りが甘い牛乳の香りがする。深い味わいとこの甘い香りを岩韻というらしい。大紅袍という銘茶が最高峰。日本のデパートだと100グラムで何万円もするらしい。勿論、こちらではそれ程はしない。でもこちらの感覚では相当高いお茶だろう。

7種類の岩茶と烏龍茶、プーアル茶などを頂き一息つく。とてもゆったりとした時間を過ごすことができた。自宅用やお土産用で沢山買い込む。これは是非、茶器も買わなくては。

試飲したお茶の種類。
奇��、大紅袍、半天腰、肉桂、水仙、黄奇、黄旦、鳳凰単○(烏龍茶)、熟普渾(プーアル茶)、生普渾(熟成していないプーアル茶)。

子供も美味しいといって沢山飲んでいた。

茶器を探したり、文房四宝(筆、墨、硯、紙のこと)の店が軒を連ねる琉璃廠へも行きたかったが時間切れ。岸君と別れ、ホテルの近くへ戻りチェーン店のお粥屋さんへ。十分美味である。皮蛋粥、ホルモン粥、ワンタン・・・。ビールがうまい。
セブンイレブンは行って水やらビールやら買い込む。北京の水道水は硬水なので日本人は飲まない方がいいらしい。
風呂に入って多湖部屋で少し飲んで、就寝。翌日は朝一番で北京動物園。パンダは朝食時以外は寝ているらしいので、7時半にホテル発だ。
 
 

北京旅行1日目

 
5月1日(金)~7日(木)北京旅行。

今回は北京に赴任しているタコ夫妻を訪れる。事前にメールでのやり取りを重ね、ミエP夫人が万端の旅程を立ててくれている。セッシーも同行だ。
飛行機は19時発の中国国際航空。CA167便。16時くらいに成田に着けばいいか。

丁度新型インフルエンザが発生し、時機が悪い。中国では患者が発生していないのがせめてもの慰み。前日の会社帰りに子供用のマスクを新橋〜虎ノ門エリアの薬局数軒を回り探すがどこも売り切れている。「小さめ」というやつをどうにか見つける。

出発当日に息子が歯が痛いと言いだし、急遽歯医者に連れて行く。荷造りのスケジュールが狂い、少し焦る。おまけにGW前の歯医者はかなり混んでいたらしい。

それでも何とか予定通り14時に自宅出発。成田までの道路は渋滞もなく1時間半で第一ターミナルに到着。荷物と家族を到着ロビーに降ろしてP5駐車場へ向かう。車を預けてシャトルバスで送ってもらう。

到着ロビーでセッシーと待ち合わせ。
16時半、チェックイン。中国国際航空の機内食は期待できないと聞いていたので、子供のリクエストにより回転寿司で鱈腹食べる。新型インフルエンザへの警戒の影響を心配したが出発は拍子抜けするほど何事もなく、出国もスムース(勿論空港に入ったらマスクはした)。




















19時発CA168便。北京行き直行便。フライト時間は約4時間。機体はボーイング757。3-3のシート配列の小さな飛行機だ。狭い。膝が余裕がなく座ると前席下に荷物を置くのも難しい。窓際に座って身動きが取れなくなった。これは失敗。次回は必ず通路側にしようと思う。

出発は定刻通り。フライト・アテンダントのサービスは笑顔無く日系に慣れていると無愛想だが、まあこんなものかと。「Water」と言ったらコーラが出てきて苦笑い。さてどちらに問題があるのか。機内食も期待値が低かったせいか、案外食べられる。妻と子供達は早々に寝る。2年前のハワイ旅行のときの飛行機で当時2歳寸前であった息子が泣き叫んで大変だったことを思い出し、今回の平安な機内で幸せを噛みしめる。

21:55無事着陸。到着ゲートから入国審査まではモノレールのような電車に乗って行く。新しい空港なので綺麗、広い。遅い便なので入国審査もほとんど人はおらずすぐに通過。荷物がなかなか出てこなくて20分くらい待つ。

到着ロビーに出ると、タコ夫妻が迎えに来ていた。
タクシーでホテルへ。今回はタコ夫妻が住んでいるOakwood Apartments Beijingのファミリールームに宿泊。ホテルがある三元東橋は比較的空港の近く(20分くらい)で、タクシーの運ちゃん不満そう。タクシーの運転の荒さというか傍若無人振りに驚くというか笑える(ただし、2日も経つと慣れるし、日本人からすると無秩序な交通マナーにもある意味合理的なルールが存在していることに気がつく)。
















ホテルに着いたのは0時過ぎ。タコ夫妻へのお土産(タリスカー、ラガブーリン、コメ、雑誌、文庫本、海苔・・・)。ビールを所望したらタコ氏が1階にあるバーで買ってきた。3本飲んで、部屋に戻る。移動だけの一日だったがそれなりに疲れた。

 

2009年5月8日金曜日

帰国

 
 
昨夜、北京から帰国。

















6泊7日の旅行はかなり濃密な体験だった。色々と中国に対する意識も変化した。備忘のためにも週末に詳細旅程をアップする。
 
 

2009年4月17日金曜日

ユーミン in 横須賀

 
ユーミン好きの娘が、誕生日プレゼントにウォークマンを手に入れ、益益ユーミン熱を上げている。何かれと忙しく大変な娘に元気を注入したいと思い立ったところ、運良くチケットが手に入ったため横須賀へ行ってきた。














会場は横須賀芸術劇場、4年振りのコンサート・ツアーだそうだが、その二日目だった。席は3階席の正面からやや左側の最前列であったが、横須賀芸術劇場はそれ程大きなホールではないので、3階席とはいえステージからの距離も高さもそれ程ないので、申し分のない席であった。

私もユーミンのコンサートは初めてだ。曲はずっと聴いてはいたが何故かコンサートへ行こうと思い立つことはなかった。どうせチケットが手に入らないだろうと思い込み諦めていたのかもしれない。今回も娘が好きにならなければ行くことはなかっただろう。娘に感謝である。

内容は・・・期待を上回る素晴らしい体験であった。話に聞くシャングリラ・ツアーのような派手さは勿論ないが、じっくりと歌を聴かせるステージであった。あの不思議な歌声を十分に堪能することができたし、娘以上に自分が元気になった気がする。娘の好きな「ダンデライオン」もアンコールで歌ってくれた。

娘は生ユーミンを見て、信じられない!を連発して興奮していた。小学生にユーミンのコンサートというのも少し贅沢?のような気もしたが、この機会を逃すと次はいつになるか分からないし、何故かチケットもすんなりと良い席が手に入ったし、矢張りこのタイミングだったのだなと家人と共に合点しているところだ。

また次回も行ってみたい。

何年後になるだろうか。
そのとき娘はユーミンのコンサートへ行きたいと思うだろうか。
父親と一緒に行くだろうか。
何一つ確かなものはない。
その変化は楽しみでもあり、怖くもある。

だからこそ今のこの一瞬、帰りの京急線の電車の中で、あの曲が良かったねなどと、二人でコンサートのパンフレットを開いておしゃべりをするこの時が大切なのだ。
 
 

2009年4月15日水曜日

バッハのち・・・

 
二日連続でコンサートへ行く。

4月10日の金曜日には、バッハ・コレギウム・ジャパンの定期演奏会。2009年シーズンの幕開けは「マタイ受難曲 メンデルスゾーン上演稿」だ。

私にとってバッハのマタイ受難曲は棺桶に入れる1曲であるが、そのメンデルスゾーン上演稿は滅多に演奏されることはなく今回は大変貴重な機会であった。メンデルスゾーン生誕200周年がもたらしてくれた嬉しい贈りものだ。

バッハの音楽はバッハの死とともに忘れ去られ、マタイ受難曲も演奏されることなくほぼ100年の年月が流れた。バッハの音楽の価値を発見した若きフェーリクス・メンデルスゾーン・バルトルディは、マタイ受難曲の復活上演という大事業を目論み、様々な障害を乗り越え、復活上演を成し遂げた。この復活上演はバッハ復興のセンセーションを引き起こしたが、時にフェーリクス20歳。おそるべきことである。

演奏上の様々な制約やこの大曲に初めて接する聴衆のことを考え、フェーリクスはオリジナルの楽譜に手を加えている。これがメンデルスゾーン上演稿と呼ばれているものである。

主要な変更はコラール、レチタティーボ、アリアのカットによる演奏時間の短縮であり、演奏時間はオリジナルの2/3になっている。今回初めて聴いて確かに大胆な短縮が施されていて驚いた部分もあったが、マタイの素晴らしさの中核が失われているとは思わない。

オーケストレーション、通奏低音にも変更が施されており、また、テンポやアーティキュレーション(アクセントやスラーなど)の追加も非常に多いように感じた。確かにオリジナルに比べてドラマティックで感情豊かな福音史家であった。

どのように変化しているのか、メンデルスゾーンが目指した(そして時に妥協を強いられた)マタイがどのような響きであったのか、わくわくとしながら聴いていた。演奏も流石のBCJ、演奏技術の質の高さは申し分ない。ソリストも特にソプラノとテノールは素晴らしい歌唱であった。

私はクリスチャンではないが、聖金曜日(正にイエスが磔刑となった日)のこの日にマタイを聴くということには感慨を抱く。マタイ受難曲は音楽作品として聴いても勿論人類の至宝たる素晴らしい作品であるが、この曲は音楽作品であると同時に、というかより正確には、神への祈りの手段・容れものなのだ。そこにはバッハ自身の祈りのみならず、数多くのキリスト者の祈りの結晶ともいうべき何かが凝縮され、立ち現れている。

仏像は永い時を経てもなお、いや、時を経たからこそ、ますます多くの人々の祈りの対象であり続け、祈りのきっかけにもなっている。木の塊が貴いのではない。そこに込められた人々の思い、哀しみ、喜び、そして祈りが仏像を仏像たらしめ、人々にとって貴いものになるのであろう。この曲にもそのような過去と未来の祈りの力が多分に含まれている。それこそがこの曲の根源であり、原動力であり、全てである。私がルネサンス期や中世の宗教音楽に惹かれるわけもこのあたりにあるのかもしれない。逆に現代の音楽が祈りを見失い、音楽が持っていた筈の人間にとって根源的な原初の力を失っているということなのかもしれない。

短縮されたとはいえ大曲に違いはなく、夜の7時に始まった演奏会が終わったのは10時近くであった。普段であれば一緒に行っているセッシー氏と夕食を食べるのだが、この日は遅い時間である上に4月初めの金曜日ということもあり、繁華街に近づくのはよそうということになり、マタイの余韻に浸りながら帰途についた。


さて、翌日のコンサートの主役は・・・ユーミンである。
 

2009年4月6日月曜日

能と組踊

 
先日、国立能楽堂へを観にいった。
国立劇場おきなわ開場5周年を記念した「能と組踊」という企画公演であった。

組踊というのは琉球王国において能の要素を取り入れた演劇だそうで、私も初めての体験であったが、これは嬉しい発見であった。今回は「女物狂」という能の「隅田川」を参考にして創られた作品が上演された。

様式は多分に能を参考にしているように見受けられるが、言葉の柔らかさと能でいう地謡・囃子の音の心地よさが、聴く者の感情をより直接に震わすようにも感じる。狂女が登場し、さらわれた我が子を求めて悄然と歩く様とその表情は、面を付けていないにもかかわらず(付けていないからこそと言うべきかもしれないが)嘆きの余り正気を失った母の表情と仕草を存分にあらわし、凄味すら感じさせるものであった。

其れに比べてお目当ての「隅田川」はどうだったろうか。
後半に来て疲れが出たのか、もともと体調が悪かった所為か、渡守と一緒に船を漕ぐこと数回。詰まらなかったわけでは決してないが、目を開けているのに苦労したのも事実である。おそらくはこちらの狂女の動きが余りに微にして妙であったからであろう。出来の良し悪しを判じるほどに見る眼もない。

クライマックスは演じ終わり、シテとツレ、ワキツレが静かに、そしてとてもゆっくりとした足取りで退場するところであったろうか。正に「我が子と見えし塚の上の、草茫々としてただ標(しるし)ばかりの、浅芽(じ)が原と、なるこそ哀れなりけれ」を余すことなく表現していたように思う。
 

2009年3月25日水曜日

Radioheadとシューベルト

 
なぜか最近、Radioheadにはまっている。













久し振りにロックの新作を買ったが、これは良かった。
最後から2曲目の"Jigsaw Falling into Place"。名曲である。


でも、今はシューベルトの歌曲を聴いている。













ピアノはレオンスカヤ。繊細なバリトンが染み入る。これも名作だ。
 
 

2009年3月9日月曜日

CD屋と桂花ラーメン

 
John Eliot Gardiner指揮 Orchestre Revolutionnaire et Romantique「ブラームス交響曲第1番ハ短調」SDG

ブラームスの第1交響曲は大変お気に入りの曲で、CDも7、8枚はあるだろうか。普段はジュリーニをよく聴いているが、このガーディナーの演奏も大変素晴らしかった。清冽な演奏。水量豊かな清流のような、透明度が高く流れが速い。今までに聴いたことのないタイプの演奏だ。ピリオド楽器での演奏だと思うが、響きもとても豊かだ。また、音質が素晴らしく良い。これはおすすめだ。


ラジオを聴いていたら、往年の名グループ、Alan Parsons Projectの曲が流れていた。

昔好きでよく聴いていた。Eye in the Sky、Don't Answer Me、Silence & I、などなど。プログレシブ・ロックの発展系ともいえるユニークな位置づけのユニットであった。

久し振りに聴きたくなったので「The Essential Alan Parsons Project」Sony BMGを買う。

なぜ国内版は2枚組で、ドイツ盤は3枚組なのだろうか。横浜のタワーレコードへ言ったらドイツ盤が置いてあったので、迷わずドイツ盤を選ぶ。

ついでに、タワーレコードで久し振りにRock/Popsのコーナーをくまなくチェックした。しばらく前にシガー・ロスの存在を知り、この不思議な音世界に魅せられたので、まだ聴いていなかった「HVARF / HEIM」を買う。アイスランドが世界に誇るAlternative RockというのかAmbientというのかとにかく不思議なバンド。多くのミュージシャンに影響を与えているらしい。

Antony & The Johnsons「The Crying Light」
中性的なファルセットボイス。1曲目のHer Eyes Are Underneath the Groundを試聴して引き込まれた。ジャケットに異形の舞踏家大野一雄のモノクロ写真を使っており(Antonyが敬愛していらしい)、中身とも相俟って売り場で並々ならぬオーラを放っていた。

ついでにエディット・ピアフの10枚組Boxもレジに持って行く。

充実感に満たされビブレに向かい桂花ラーメンでラーメンを食べる。典型的な週末の1日。
 

2009年3月2日月曜日

森朱美さんソプラノリサイタル

 
演奏される曲を知らないと長く感じられるコンサートと短く感じられるコンサートとがある。退屈な曲であれば当然長く感じられ、演奏にも見るべきものが感じられなければ来たことを激しく後悔するようなコンサートもある(冷静に考えればこの経験すら意味のあることなのだが)。名曲といわれている曲でも今の自分には合わない曲というものもある。本当に名曲でも詰まらない演奏が曲の良さを覆い隠し長く感じてしまうこともある。

したがって、それ程頻繁に行くわけでもないコンサートで外れを極力減らそうとすると、どうしても好きな曲、知っている曲、好きな演奏家などのコンサートを選ぶことが多くなる。それはごく普通の音楽ファンにとってはやむを得ないことだろう。

然し、全く知らない曲が続いても、しかもそれが普段は余り積極的には聴かない傾向の曲であったにもかかわらず、退屈さなど微塵も感じず、もうちょっと聴いていたいと願っても、あっという間に終わりが来てしまうようなコンサートが稀にある。

土曜日に行った森朱美ソプラノ・リサイタルはまさにそのような演奏会であった。会場は銀座の王子ホール。

第1部 フランス歌曲 〜サロンを彩った歌〜

クロリスへ アーン作曲
僕が囚われの身になっていたとき アーン作曲
ネール 「ラテン風エチュード」より アーン作曲
愛のクレド シャブリエ作曲
「戯れの婚約」全6曲 プーランク作曲
「ルイ・アラゴンの2つの詩」 プーランク作曲

第2部 民族古謡の調べ

箱根八里は 日本古謡/山田耕筰編曲
五木の子守歌 熊本民謡/泉谷閑示編曲
杓子売り歌 秋田民謡/間宮芳生編曲
子守歌 秋田民謡/間宮芳生編曲
てぃんぐさの花 沖縄民謡/泉谷閑示編曲

バイレロ(羊飼いの歌)「オーヴェルニュの歌」より/ラヴェル編曲
フランスの歌「民謡集」より/ラヴェル編曲
トリパトス ギリシャ民謡/ラヴェル編曲
ヘブライの唄 「民謡集」より/ラヴェル編曲
カディッシュ(聖なるかな)「2つのヘブライの歌」より/ラヴェル編曲
2つの民謡 〜一番細い髪の毛で〜「スペイン古典歌曲集」より/オブラドルス編曲
クーロ・ドゥルセの唄 〜花嫁はおちびさん〜「スペイン古典歌曲集」より/オブラドルス編曲

前半はフランス歌曲、後半は日本や世界の民謡をクラシックにアレンジした曲。リサイタルで歌われることが多いオペラのアリアや有名なリートが全くないというプログラムであったが、余り一般的に知られていないフランス歌曲の名曲を歌い続け多くの人にその良さを伝えようと常に心を砕いている彼女にはごく自然な選曲であったのだろう。選曲にも歌唱にも彼女の入魂振りが伝わってくる。

先週の私の体調は最悪であった。酷い風邪を引いていたが仕事が忙しく休みも取れなかったため土曜日は疲れ果てていた。そんな状態でコンサートに行けば普段はどんなに抗おうと眠りに落ちるわけだが、驚いたことにこの日は目をつぶって聴いていたも一向に眠くならない。一声一声、ピアノ一音一音にじっくりと耳を傾け身心に染み込む瞬間を感じることができた。本当に久し振りのリサイタルにもかかわらず彼女の歌唱は円熟さを増しているように感じた。これは興味深いことだ。舞台の経験だけが技を成長させるのではない。

お気に入りの家庭的なフレンチレストランで、シェフのおまかせコースを頼み、今までに食べたことのないような数々の料理を供され、驚くような出会いをもたらされたときに感じる喜び、と言ったらその日の私の気持ちを分かってもらえるだろうか。

今年は演奏会への出演の機会も増えるようで本当に楽しみだ。
 
 

2009年2月19日木曜日

壁と卵

 
色々と賛否はあろうが、村上春樹のエルサレム賞での受賞スピーチは大変意味のあるものだと思う。日本のメディアではほとんど取り上げられていないということは、どういうことなのだろうか。
このニュースに反応する読者・視聴者は少数かもしれないが、こうしたニュースの価値を認めない日本のメディアには強い危惧を抱く。日本もユダヤ資本の影響力が強く、報道したくてもできないのではないかと勘ぐってしまう。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/26ca7359e6d2d15ba74bcdf9989bee56

2009年2月11日水曜日

メンデルスゾーン

 
今年はメンデルスゾーンの生誕200周年だそうだ。
記念の30枚組BOXは発売と同時に手に入れた。全集ではないが主要な曲は収録されており演奏は新しくはないが一流揃い。これでメンデルスゾーンの全体像を掴むには十分だ。値段も安いのでおすすめ。

そういえば昨年、バッハ・コレギウム・ジャパンの定期演奏会で初めてメンデルスゾーン・プログラムがあった。昨年訪れた演奏会の中では最高の演奏会であった。その直後に書いた感想が書きかけで放置されてあったので載せてみたい。演奏会直後の興奮が直裁に表現されており今読むと若干気恥ずかしいが。

「2008年5月30日。バッハ・コレギウム・ジャパンの定期演奏会。メンデルスゾーン。素晴らしい経験だった。音の粒子が自分の身体と魂を貫いていくのが感じられた。ふと、「本物の音楽家は、すべて天使である」という言葉が湧き出た。我々の触知できない世界を垣間見せてくれる。そのような世界が存在することを知らせ、そうしたものを感じることができる力を我々が持っていることを思い出させてくれる。忘れて久しいそんな力を。

今日一日の出来事がしばしそうした力を思い起こさせる準備になっただろうか。

最早音楽を聴くのではない。魂で受け止める、感じ入る、音が貫いていく、細胞が共鳴し震え熱を帯びる。

鈴木雅明氏自らのパイプオルガンで演奏会の幕が開ける。メンデルスゾーン ”プレリュードとフーガ ニ短調 Op. 37-3”

メンデルスゾーンのプログラムにはさまれた、バッハのカンタータ − 追悼の式典 −『神の時こそ最上の時』BWV106。

冒頭のフルート。「・・・僕は大きな喜びを得ました。『神の時』の冒頭のフルートが響いた瞬間といったら!」(メンデルスゾーンが家族に宛てた手紙より。本公演プログラムから抜粋)

そう、確かに私はメンデルスゾーンと同じ体験をした。このフルートの天上の響きといったら!自然に涙が出ていた。寂静、祈り、人が表しうる限りの崇高なものがそこにはあった。

メンデルスゾーン詩編115『我らにではなく、主よ』の第2曲の美しさといったら。ソプラノとテノールの二重唱が合唱と完璧に調和している。我々はこんなにも美しい世界に生きているということを思い出させてくれる。第4のチャクラが開き、気が流入し、心が開いていく。そしてその気は上昇して頭頂から天へ還っていく。

メンデルスゾーンの合唱曲は以前から好んで聴いており、『パウロ』などはその中でもお気に入りの一曲であったし、Brilliantレーベルから出ている合唱曲全集も持っている。

でも、私は今日初めてメンデルスゾーンの宗教曲と本当に出会えたように思う。

賛歌『我が願いを聞き入れ給え』

いつもよりオーケストラも合唱も編成が大きく音量を豊かになったが、それだけではない迫力と響きがあった。鈴木雅明氏の指揮もより情熱的であったと思う。敬虔なキリスト者の奥深くに秘められているロマン的な部分が一気に噴出した?

これは人間の直観だけが到達し得る世界への賛歌だ。」
 

2009年2月5日木曜日

仕事雑感

 
いやいや忙しい。

本日も社内打ち合わせにクライアントとの電話会議、資料読み込み、電話対応、ヘビーなメール作成、資料作成、資料添削、面接対応、昼食の稲庭うどん、夕食のampmのサンドイッチ等とてんこ盛り。投資銀行のような派手さはないが、このご時世に忙しいのは有難いことだ。才気煥発とはいかないので、コツコツと努力してクオリティの高い仕事をやるしかない。

ビルの喫煙ルームで、大学時代からの旧友M選手に会う。彼は同じビル内の違う会社に勤務しておりエレベーターや喫煙ルームでたまに会って話などするが、営業企画部にいる彼はとても大変そう。同年代の多くが、脂ののっている時期で仕事量も増えて活躍しているが楽しそうに仕事をしている人は案外と少ない。仕事を楽しくやると言うと、批判されることもあるが、「楽しい」と「楽」は同じ意味ではない。一度の人生、大変な仕事を「楽しく」こなせる精神的なゆとりと心の持ち方が必要だ。

さてもう一踏ん張り。
 

2009年2月1日日曜日

13歳になる老犬は頑張って歩きました

 
 












































息子は帰ったら疲れのあまり暴れて風呂も入らずに寝た。
 
 

何もない週末

 
久し振りに出掛ける予定も仕事もない週末。
ゆっくりと起きて、本の頁を繰りながらシューベルトの「冬の旅」を聴く。

「僕はよそものとしてやって来て、
 よそものとして去っていく。
 ・・・

 僕は旅立つのに時を選ぶことはできない。
 僕はこの暗闇の中、
 自分で道を探さなければならない。
 ・・・
 
 僕の足音が聞こえないように
 そっと、そっと扉を閉めよう
 通り過ぎるときに君の戸口に
 おやすみ、と書いておこう。
 ・・・」


娘のリクエストで実家の犬を数日預かる。
息子に子供用のサッカーボールを買った。
これから公園へ行こう。
冷たい風が吹き荒んではいるが、澄み渡った青空の下で
子供と犬とサッカーボールを追いかけて息を切らすのも悪くない。
 
 

2009年1月31日土曜日

ポール・オースター「幻影の書」

 
ポール・オースターの作品は翻訳で出ているものは全て読んでいるが、ここ数作の中では最高の作品ではないか。次は一体どうなるのかという不安と期待で一気に読み通させてしまうだけのストーリーテリングと質的な強度を持った作品だ。

これは「痛み」の物語だ。生きることが本質的に「痛み」と向き合い、つきあって行くことであることを複雑なストーリーの中で一貫して説いているように感じる。

一筋の希望。

ハッピーエンドを求め、少しでも希望の痕跡を探そうとする読者の思惑を見透かしたかのように希望をグレーの布で覆い隠し目に見えぬものにしている。覆いの下にあるのは本当に希望なのか。それすらも確かではなくなる。

所謂幸福な人間はほとんど登場しない。それでいて重苦しい空気だけが支配しているわけではない。

死者の世界、死者に属するものからの逃走。

過去を振り返ることでしか未来を生きられないのだとしたら、此れは悲劇と呼ぶべきではないのか。未来は決して訪れないし、過去を生きることはできない。
 
 

2009年1月25日日曜日

いつの間にか新年も明けて

 

年明けからお屠蘇気分もなく通常運転。
気がついたら1月も終わり。年々正月の季節感が失われていく。

一昨日金曜日の夜は、旧T社の集まり。まつどの、Hぴょん氏、P氏と恵比寿BJで呑む。

土曜日は急な仕事が入り出社。
体調悪く今一つ能率上がらず。
朦朧と商事法務やら有価証券報告書などを読み込み、途中1時間程度ESD、立ち上げは比較的にスムースに行き、何とか資料を作成し終わる。

17時半に東戸塚でピックアップしてもらい、レッドロブスター(!)へ。
義弟夫婦と家人の従姉妹などと私の誕生日祝いと銘打ってロブスターを食べる。調子に乗って生牡蠣やらロブスターやらハンバーグやら頼んでいたらファミレスとは思えない金額になって驚いた。

夜いい気持ちでぐずぐずとテレビを見ていたら、BSデジタルで「ヒトラー最後の12日間」という映画がやっており、ついつい最後まで見てしまう。午前3時就寝。今年の目標は「早寝」かな。