2009年4月15日水曜日
バッハのち・・・
二日連続でコンサートへ行く。
4月10日の金曜日には、バッハ・コレギウム・ジャパンの定期演奏会。2009年シーズンの幕開けは「マタイ受難曲 メンデルスゾーン上演稿」だ。
私にとってバッハのマタイ受難曲は棺桶に入れる1曲であるが、そのメンデルスゾーン上演稿は滅多に演奏されることはなく今回は大変貴重な機会であった。メンデルスゾーン生誕200周年がもたらしてくれた嬉しい贈りものだ。
バッハの音楽はバッハの死とともに忘れ去られ、マタイ受難曲も演奏されることなくほぼ100年の年月が流れた。バッハの音楽の価値を発見した若きフェーリクス・メンデルスゾーン・バルトルディは、マタイ受難曲の復活上演という大事業を目論み、様々な障害を乗り越え、復活上演を成し遂げた。この復活上演はバッハ復興のセンセーションを引き起こしたが、時にフェーリクス20歳。おそるべきことである。
演奏上の様々な制約やこの大曲に初めて接する聴衆のことを考え、フェーリクスはオリジナルの楽譜に手を加えている。これがメンデルスゾーン上演稿と呼ばれているものである。
主要な変更はコラール、レチタティーボ、アリアのカットによる演奏時間の短縮であり、演奏時間はオリジナルの2/3になっている。今回初めて聴いて確かに大胆な短縮が施されていて驚いた部分もあったが、マタイの素晴らしさの中核が失われているとは思わない。
オーケストレーション、通奏低音にも変更が施されており、また、テンポやアーティキュレーション(アクセントやスラーなど)の追加も非常に多いように感じた。確かにオリジナルに比べてドラマティックで感情豊かな福音史家であった。
どのように変化しているのか、メンデルスゾーンが目指した(そして時に妥協を強いられた)マタイがどのような響きであったのか、わくわくとしながら聴いていた。演奏も流石のBCJ、演奏技術の質の高さは申し分ない。ソリストも特にソプラノとテノールは素晴らしい歌唱であった。
私はクリスチャンではないが、聖金曜日(正にイエスが磔刑となった日)のこの日にマタイを聴くということには感慨を抱く。マタイ受難曲は音楽作品として聴いても勿論人類の至宝たる素晴らしい作品であるが、この曲は音楽作品であると同時に、というかより正確には、神への祈りの手段・容れものなのだ。そこにはバッハ自身の祈りのみならず、数多くのキリスト者の祈りの結晶ともいうべき何かが凝縮され、立ち現れている。
仏像は永い時を経てもなお、いや、時を経たからこそ、ますます多くの人々の祈りの対象であり続け、祈りのきっかけにもなっている。木の塊が貴いのではない。そこに込められた人々の思い、哀しみ、喜び、そして祈りが仏像を仏像たらしめ、人々にとって貴いものになるのであろう。この曲にもそのような過去と未来の祈りの力が多分に含まれている。それこそがこの曲の根源であり、原動力であり、全てである。私がルネサンス期や中世の宗教音楽に惹かれるわけもこのあたりにあるのかもしれない。逆に現代の音楽が祈りを見失い、音楽が持っていた筈の人間にとって根源的な原初の力を失っているということなのかもしれない。
短縮されたとはいえ大曲に違いはなく、夜の7時に始まった演奏会が終わったのは10時近くであった。普段であれば一緒に行っているセッシー氏と夕食を食べるのだが、この日は遅い時間である上に4月初めの金曜日ということもあり、繁華街に近づくのはよそうということになり、マタイの余韻に浸りながら帰途についた。
さて、翌日のコンサートの主役は・・・ユーミンである。
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