先日、国立能楽堂へ
能を観にいった。
国立劇場おきなわ開場5周年を記念した「能と組踊」という企画公演であった。
組踊というのは琉球王国において能の要素を取り入れた演劇だそうで、私も初めての体験であったが、これは嬉しい発見であった。今回は「女物狂」という能の「隅田川」を参考にして創られた作品が上演された。
様式は多分に能を参考にしているように見受けられるが、言葉の柔らかさと能でいう地謡・囃子の音の心地よさが、聴く者の感情をより直接に震わすようにも感じる。狂女が登場し、さらわれた我が子を求めて悄然と歩く様とその表情は、面を付けていないにもかかわらず(付けていないからこそと言うべきかもしれないが)嘆きの余り正気を失った母の表情と仕草を存分にあらわし、凄味すら感じさせるものであった。
其れに比べてお目当ての「隅田川」はどうだったろうか。
後半に来て疲れが出たのか、もともと体調が悪かった所為か、渡守と一緒に船を漕ぐこと数回。詰まらなかったわけでは決してないが、目を開けているのに苦労したのも事実である。おそらくはこちらの狂女の動きが余りに微にして妙であったからであろう。出来の良し悪しを判じるほどに見る眼もない。
クライマックスは演じ終わり、シテとツレ、ワキツレが静かに、そしてとてもゆっくりとした足取りで退場するところであったろうか。正に「我が子と見えし塚の上の、草茫々としてただ標(しるし)ばかりの、浅芽(じ)が原と、なるこそ哀れなりけれ」を余すことなく表現していたように思う。
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