2008年12月6日土曜日

山中千尋コンサート

金曜日の夜、山中千尋のコンサートへ行ってきた。
今回は古くからの友人Y女史と晴海トリトンスクエアにある第一生命ホールへ。こぢんまりとした良いホールだ。

コンサートホールでジャズのライブは記憶のある限り初めての体験。やはりジャズのライブには酒と煙草が・・・とも思う。山中千尋の演奏はとても力の入ったもので楽しめた。














最新アルバムの「Bravogue」はかなりの完成度だと思う。ここ何枚かのアルバムの中では最も好きなアルバムだ。生演奏の本物のジャズが久し振りに聴けて元気が出た。

2008年11月28日金曜日

もつ鍋は

 
吉と出た。

悪化していないという程度だが。

もつ鍋は大変美味。
2軒目は大変ディープな神田飲み屋体験だった。


 

2008年11月27日木曜日

体調が・・・

それにしても今週は体調が悪い。
家人も調子悪そう。

仕事はそこそこ忙しく休めない。しかし契約書などを読んでいるといつの間にか落ちている自分を発見したりする。

季節の変わり目?大潮?定期的な浄化?太陽黒点活動の変動?単なる風邪か?
風邪薬飲んで寝ても一向に良くならん。

今夜は友人N氏ともつ鍋屋。

吉と出るか凶と出るか。

2008年11月24日月曜日

吉祥寺 前進座

本日は友人P氏と演劇を見に吉祥寺まで行ってきた。
歓喜の歌 〜よろこびのうた
笑いあり、涙あり、本当に観た後に元気になる作品だった。知り合いのお嬢さんが舞台で活躍されており、案内を頂くので定期的に彼女の出演作品には足を運んでいる。言葉、表情、仕草、それらが合わさって音楽とはまた違う感覚を呼び覚まし心を活性化してくれるような気がする。とても力のある芸術だと思うが、それだけに人に感動を与える作品を創り上げるのはとても大変だろう。

この作品は大変お勧め。30日までらしいので時間のある方は是非!

その後、P氏と「ジョンヘンリーの書斎」、「Funky」で食事&酒。
Funkyは20代前半に入り浸っていた店だが、2階のカウンターが使われなくなっていて驚いた。パラゴンとマッキントッシュのアンプはまだ健在だったが。

帰り道、久し振りに井の頭線に乗って渋谷へ向かう。渋谷駅で岡本太郎の大壁画を発見し、しばし見とれる。この作品を渋谷駅というロケーションに置くことの意義は大きい。やはり彼は天才だったのだろう。

いろいろ

最近、仕事が忙しくてなかなかまとまった時間が取れない。温泉ぐらい行きたいところだが年内は無理か。

11月も下旬に入り、来年の手帳を選ぶシーズンだ。スケジュールが書ければ何でもいいではないかと思いつつ、これまでに色色な手帳を使ってきた。今年は「ほぼ日手帳」を使ってきたが、これは非常に使い勝手の良い手帳だと思いつつも、やはりメモ部分が・・・とかもうちょっと薄ければ・・・とか完璧とはいかない。ほぼ日手帳の2009年版は買ってしまったのだが、他に良いものはないかと物色していた。

結局、買ってしまいました、Smythson。38ポンド、約6,000円・・・。


グリモーの「Bach Transcribed」がいい。











チェンバロ協奏曲は焦眉の演奏。この曲はチェンバロでの演奏も良いが、私はピアノでの演奏のほうが好きだ。最近はピアノでの演奏のCDが少なくなってきているように感じる。アンジェラ・ヒューイットの演奏より、グリモーの方が血の通った熱さがある。


また「無伴奏バイオリンのためのパルティータ第2番BWV1004のシャコンヌ」のブゾーニによるピアノ編曲版も秀逸。これもCDは結構少なそうだが、ピーター・レーゼルの13枚組の「Works for Piano」に収録されているシャコンヌのほうが峻厳さというものが感じられるかもしれない。

話をジャズに転ずると、最近はキース・ジャレット再評価期間が続いており、昔の演奏を聴き漁っている。スタンダード・トリオのほうは若干食傷気味ではあるが、やはり何度でも聴け、飽きがこないのは凄いことだ。アメリカン・カルテットの「The Suvivors' Suite」(邦題は「残氓」)の2曲目「Conclusion - 結末」など耳をとらえてはなさない演奏とはこのことだ。破壊的なパワーと美しさが同居しているとでも言おうか。1977年の演奏だが、全く古さを感じさせない。

2008年11月9日日曜日

アルトゥーロの島

エルモ・モランテ「アルトゥーロの島」を読了。
少年が青年となり父のもとを離れる成長物語ではあるが、其の不思議な設定と登場人物達の個性が故に異様な緊張感を持っている。驚くような筋書きがあるわけでもなく、箴言が散りばめられているわけでもない。少年と父と若い継母の話。ナポリの海に浮かぶ小さな島であるプロチダに生まれ、ならず者の父を神聖視して育った一人の少年が父とも訣別し十六歳で島を出て行くまでの物語だ。

大して劇的な出来事が起こるわけでもないが、不思議に物語に引き込まれていった。
少年は、本当の父と母を求めるが、決して手に入れることはできない。
最後の一章は交響曲の終楽章さながら憂いを秘めるコーダが展開し徐々にテンポを上げて一気にフィナーレまで駆け抜けるような疾走感がある。

プロチダの外は希望に満ち溢れているかのような錯覚に陥ってしまうが、其れは青年となったアルテゥーロが今後体験するであろう数々の悲劇の始まりに過ぎないことが分かってくる。幸せな日々の喪失、冒険譚に耽溺し父親の神秘と権威を疑いもせずに信じていられた日々。アルトゥーロにとっての楽園喪失の物語に奇妙な共感を抱かずにはいられない。

この小説へのステロタイプな謳い文句である、少年が性に目覚め継母に禁じられた愛を抱く、という設定は数ある少年の成長の証の一つではあるが極端に言ってしまえば単なる小道具の一つであり余り重要な役割を負わせるのは正当ではないような気がする。少なくとも私にはそう感じられる。

2008年11月1日土曜日

武相荘

旧友K兄と鶴川にある武相荘へ行ってきた。
















武相荘は故白洲次郎・正子夫妻の邸宅だ。鶴川駅で待ち合わせタクシーで向かう。雨交じりの天候とは云え、歩いて15分くらいなのだから歩いていけばいいと思ったがK兄は脇目もふらずタクシーに乗り込む。これは彼なりの歓待なのか、ただ単にせっかちなのか。

鶴川もだいぶ開発が進んで住宅街も多く、となりにはユニクロがあったが、ここだけは別世界、とても落ち着いた雰囲気だ。白洲正子の書斎、次郎のガレージ、庭先にある大きな柿の木と竹林。展示品のウィスキーのなかにモルトウィスキーの中でもピート臭の強いアイラのモルトだけをブレンドしたBlack Bottleというウィスキーがあった。今はそれなりのバーに行けば置いてあるようだが、当時はとても珍しかっただろう。多分モルト好きにしか価値が分からないだろうから、何となく白洲次郎と秘密を共有できたような気がして嬉しかった。ちなみに武相荘は小学生以下は入れないのでご注意を。

武相荘を後にしてまたタクシーに乗り込み、近くの蕎麦屋へ行く。川崎フロンターレの練習場の脇にある。名前は忘れた。天麩羅を肴にビール大瓶4本を空け、よい気分で帰途についた。ささやかな小旅行である。身近でも十分に旅は可能だ。

家に帰って以前読んだ北康利「白洲次郎 占領を背負った男」講談社を再読した。

2008年10月14日火曜日

コルトレーン

ジョン・コルトレーン「Lush Life」Prestige












私もジャズが好きである。
YuteTheBeaute氏が書かれている「アンドー氏」なる人物がどのような人物か私は知らないが(善良なYute氏に違法行為をそそのかすような人 物であるからしてロクな人物ではなかろう)、斯く言う私も高校生の頃にそのアンドー氏の兄が買ってきたCDをきっかけとしてジャズを聴き始めた。

そのきっかけとなった曲はビル・エバンス「ワルツ・フォー・デビー」の第一曲目「My Foolish Heart」。PCの向こう側でコアなジャズファンが失笑するのが聞こえてきそうであるが、定番中の定番を聴いて誠に典型的なパターンでジャズの森に踏み込んだのである。

ここ数年は新譜を中心に聴いていたが、ここにきて「名盤」「定番」といった旧盤に回帰しつつある。CDラックにある昔買い込んだ五十年代やら六十年代の旧譜を引っ張り出して聴いている。今日はデューク・ピアソンの「Tender Feelin's」を十年以上振りに聴いたが、これが又良い。Green Dolphin Streetなどとても良い演奏だと再認識した。

そこで、コルトレーンである。このアルバム、コルトレーンの中では地味で目立たない作品などと言われているようだが、どうしてどうして後期コルトレーンを聴か ない私には至宝の作品である。アルバムタイトルにもなっている「Lush Life 」という曲を聴いてみて欲しい。ジャズを聴き始めて間もなくこのアルバムを買った。高校生にとってCDは高価だった。月に一枚買えるかどうか。ジャズ の知識もなく情報も今ほどはなく、貴重なCDをほとんどジャケ買いの感覚で買って帰り大切に聴き込んだ。今は手元にないが、おそらくは兄と他のアルバムと交換したのだろう。今回SHM-CDで再発されたので、思わず買ってしまった。成程我が家の貧弱なオーディオでも音質は良いように感じる。音に厚味がある。

アンプとCDプレイヤーを新調したいなどという不埒な思いが蠢き始めたが、人生で一度経験できるかどうかという金融危機にあって幸いなことに直撃こそしていないが間接的には色色と影響を受けているところで、オーディオの新調などと悠長な事を言っていていいのかなどと思いつつ、一般化は出来ないがこうして消費意欲が減退して本格的な不景気に入っていくのだなあなどと風呂に入りながら一人ごちていた。

2008年10月12日日曜日

久しぶりの更新ですが。。。

全く久し振りの更新で、たまに見に来てくれた片手ほどの方には恐縮至極である。とは言っても誰からも責められないのだから、期待されてもいないということであろう。気楽で良いが寂しくもある誠複雑な人の心である。だからといって心を入れ替えて毎日更新などということもある筈もなく、まあ備忘も兼ねてボチボチとやっていこう。

先先週の金曜日、随分とご無沙汰していたが銀行員のK兄と銀座で飲む。店は以前にも行った「煙事」である。大凡心地の良い酒であったが、一度しか行っていないのに前回何をオーダーしたか覚えているのには驚いた。チーズリゾット・オムレツの四千円にも驚いたがこれは美味である。K兄は学生時代と変わらず飄々とした海軍士官のようであるが(本物の海軍士官とは会ったことはないが)、実は熱い男だという事を改めて知った。教養という言葉を思い起こさせてくれる数少ない友人の一人だ。

翌朝、出掛けたついでに伊勢佐木町の有隣堂へ向かう。腰が痛む。余り調子が良くない。K兄に勧められた内田百閒と真言密教の入門本を買い求め、上大岡へ戻る。何となく時間に追われのんびりとした気持ちにはならない。時間に追われなくても無駄な放っつき歩きをするだけで、それはそれで疲れて得る物は余りないのだから実は同じことなのだが。自宅で昼食を取り、その後昼寝。気がついたら夕方だった。

日曜日、初めてセーラー万年筆のペン・クリニックへ行く。過日謎の投身自殺を図り、ペン先が見事にぐにゃりとひん曲がってしまったラミー2000がどうにかなるものか、見て貰いに日本橋高島屋へ行った。折角の休日だというのに通勤と全く同じ経路で東京駅まで行く。これは甚だ詰まらない。全く新鮮味が無い、とはいっても変わった行き方などそうそうある訳でもなし、家を出る時間が遅くなってしまったので、早く着くことが先決である。休みだというのに家を9時半に出るとは、文句を云う筋合でないことは重重承知乍らそれもまた面白くない。

十時半に日本橋高島屋へ到着。ペン・クリニックは成る程盛況である。愛想の良い女性店員に11時55分くらいに順が回ってくると告げられ一瞬ひるんだが、受付をすればその辺りの時間に再び来ればよいと云うから、待つことにした。この辺りには丸善もあるしうまい珈琲屋もあるし時間潰しには事欠かない。

万年筆の修理は、そのペン先の見事なひん曲がり具合に、これは年に一、二度くらいの酷さだと云われ、周囲の注目を浴びた修理だったわけだが、立派に書けるようには直してくれた。元通りというわけにはいかないし(大分フローが良くなってEFなのにモンブランのMより太字になった)、矢張り以前のように使い続けるならペン先交換しかないかなどと考えている。然しこのような催しを地道に続けているセーラー万年筆には敬服する。近い内にセーラーの万年筆を買い求めようかと思う。

その後、少し時間があったのでビンテージ万年筆を扱っているユーロボックスという店に行ってみようと思い立ち、向かったが、持っていた地図が正確でなく、近くまで来ている筈なのだが遂に見付からずトボトボと新橋まで歩いていった。新橋から東海道線で横浜へ戻り、みなとみらい線に乗り換え、初めて「みなとみらい駅」で降りる。

待ち合わせまでは時間があるので、ハンバーガーでも食べようかとクィーンズスクエアを歩いていると「あ、パパ!」という声が聞こえ振り返ってみると息子が立っていた。これは全くの偶然。バドワイザーの生とチーズバーガーを一人で食べ、煙草を2、3服呑んで、外で大道芸に釘付けの息子を引き取る。ティンバーランドで修理に出していたブーツを引き取り、レゴショップで発作的にヘリコプターのキットを買い与えた。用を済ませている妻娘を置いて一足先に帰途につき家でヘリコプターを組み立てた。

好き勝手なことをやってはいるがやり貫くことはできない普通の父親の週末であったように思う。だからと云って駄目というわけではない。とは云え良いと言い切れるわけでもない。
















(写真は本文と全く関係なく、夏休みに行った白川郷の模様。)

2008年7月31日木曜日

甲子園

母校が甲子園出場を決めた。最近になって春の大会はたまに出場しているのだが、夏はナント46年振り。毎回応援へ行こうなどと飲み会で盛り上がるが行けたためしはない。今回こそは行きたい気もするが、果たして。

2008年7月12日土曜日

フロリダ

唐突だが、現在アメリカのフロリダに来ている。会社のカンファレンスに参加するために来たわけが、自宅から考えるとここまで来るのに丸一日かかった。遠い。Boca Ratonというこちらでは屈指のリゾートホテルだそうだが、うーむ、何というか、ビミョー。電子鍵がすぐ壊れるし。。。

2008年7月6日日曜日

先々週の金曜日はインドネシアから大阪経由で東京に戻ってきた熱い商社マンU氏の歓迎会。場所はいつもの「くすの木」。米は10月からロンドンへ行くという。色々と動きが激しい。くすの木終了23時半。2次会へ行った人もおり後ろ髪を引かれたが、東海道線を使うのぐっちゃん、ていじさんと一緒に帰る。

日曜日、娘の算数の勉強をじっくりと見る。まだ教えられるレベルだからいいが・・・。夕方義弟夫婦来宅。

月曜日8時から英会話。眠い。6月は英語強化月間で週3回英会話。そのうち月と水は8時から。つ、つらい。

木曜日、I谷氏と広尾の韓国料理屋で食事。いつもながら私にとっては大変刺激に富んだ会話だった。以前店頭で見かけて買うかどうか迷っていたDeutsche Harmonia Mundi50周年記念ボックス(50枚組!)を自宅用とオフィス用に2セット買っていたらしい。「どれを取っても名盤。これを買わなくては後悔する。タワーレコードで奇跡の再入荷があったようなので、すぐに買いに行くべし」と言われ、翌日早速タワーレコードに寄ったら何セットか置いてあり無事入手。今日までに5枚くらい聴いたが確かにどれも名盤。













その後、知り合いにプレゼントしようと思い立ち、もう1セット買った。

土曜日、娘がピアノの先生の家でレッスンだったので、電車に乗って連れて行く。一度家に戻って、鍼灸へ行く。その後一人で本やノートを探したり、CD屋へ行ったりしてぶらぶらする。夜は本を読んだり物を書いたりして気がついたら深夜2時半。今日起きたらすこぶる体調が悪い。くしゃみ、鼻水止まらず。小青竜湯を飲んで力を振り絞って娘のピアノのコンクールへ行く。コンクールのたびに上達するから大したもの。娘の出番を見て、近くのタリーズでお茶をして一足先に帰宅。そのまま昼寝。やはり1時くらいには寝ないと。

2008年6月17日火曜日

フルトヴェングラー

最近、フルトヴェングラーに取り憑かれてしまい、CDを買い漁っている。今になって何故?












ベートーヴェンの交響曲3番、5番、6番、9番、ブラームスの交響曲1番が収録されている4枚組ですが、50年代の録音と考えれば十分な音質。演奏は流石、というかフルトヴェングラー以外にはあり得ない演奏だ。このような個性は二度と表れないのだろうか。













ブラームスの交響曲第4番。1942年!の録音、第二次世界大戦中の録音!これはすさまじい演奏だ。時代の緊迫感も演奏に現れているのだろうか。





2008年6月15日日曜日

液晶テレビ

液晶テレビが我が家にやってきた。
ソニーのBRAVIA V1シリーズの40型。決して高級機種ではなくて普及版のようだが、画質・機能は十分だ。スポーツや映画を観るときに言われる液晶の弱点も全く気にならない。

最初は一番売れ筋のF1シリーズを買おうとしたが、店員に画質はほとんど変わらないと言われ、見比べると確かに違いがわからなかったので、少し安いV1シリーズにした。2週間前くらいに新橋のヤマダLABI館で買って、198,000円、ポイント28%、5年保証。まあ、いいかと。

こうなると次はBlue-Rayが気になる。オペラとかはもの凄く綺麗らしいが、もう少しソフトが出そろってからか。

2008年6月12日木曜日

変化

昨日は親友が転勤するのでささやかな送別会を催した。当人には色々と注文をつけてしまったが、ほとんど自分自身に言っている言葉だったかも・・・。我々もまだまだ挑戦を続けていかないと本当に仕事と生活にくたびれたおじさんになっていく(それが悪いとは思わないが、自分はなりたくない)。

でも、「テレビのニュースでは悪いニュースと同じ数だけ良いニュースを流さなくてはいけない」というルールは、これだけ殺伐としている世界で、メディアの影響力が大きい世の中で、一考に価すると思うのだが。(昨日飲んだ人にしかわからない。失礼。)

Kさん、良い旅を!

それにしても、最近友人が海外や地方へ転勤になったり、東京に戻ってきたり、その他何かとあり、自分の人生がまた新たなフェーズに入りつつある感覚を持っている。どのように動いていくか楽しみだ。

2008年5月31日土曜日

上野〜湯島〜神保町・・・

今日は仕事が一段落ついたので休みを取った。

以前から行きたかった「薬師寺展」を観に上野の森へ向かったが、上野駅を降り立つと人また人の平日とは思えない混みよう。国立博物館に着くと、そこはディズニーランドの「プーさんのハニーハント」状態になっている。入場規制をしていて外で1時間待ち!だそうだ。うーん。

即座にあきらめて、ぶらぶらと湯島天満宮へ向かう。

記憶のある限り初めてお参りしたが、思ったより小さい。修学旅行の生徒が騒いでいた。神社では静かにすべきと先生は注意しないのだろうかと少しイラッときたが、どのような形にせよこういう場に来て、その場の気に触れることが子供には大切なことだと気を取り直す。
















そういえば自分の生まれた病院の住所は湯島だった。手を合わせながらこの地で生を授けて頂き有り難うございますと感謝する。

天神様といえば菅原道真公を思いだすが、湯島天神の御祭神は天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)。菅公が祀られたのは1355年だそうだ。天之手力雄命はアマテラスが岩戸に籠もったときに、岩戸から引きずり出した力持ちの神様だそうだ。

続いて神田明神へ。神社をはしごしても大丈夫なんだろうかなどとしょうもないことを考えるが、以前、伊勢神宮へ行ったときに宮司さんが神社のお札は沢山並べても神様が喧嘩することはないと言っていたことを思い出す。
















その後、湯島聖堂を経由して、神保町へ行き、昔懐かしい三幸園という中華料理屋で餃子を食べる。古本屋をひやかし(しかし古書店の店主には店に入ったときに人を値踏みするような眼で見るのはよしてほしいものである)、三省堂で本を買い、初台に向かう。今日はバッハ・コレギウム・ジャパンの定期演奏会である。盛り沢山の一日はまだ続く。(続く)

2008年5月25日日曜日

鎌倉てらこや


娘と「鎌倉てらこや」の「朗読の楽しみ」という催しに参加している。
















今年は毎回鎌倉の名刹で開かれる。前回は浄智寺、今回は東慶寺。
















東慶寺は北鎌倉にあって、縁切寺で知られている。庭の美しいお寺だった。
今回は水月堂に安置されている水月観音を参拝することができた。
















ご住職から観音様がお持ちの「未敷の蓮華」のお話を頂く。




2008年5月12日月曜日

ハイフェッツ

休日出勤の帰りに久しぶりにCDショップに寄って沢山買い込む。そのうちにまとめて紹介したいが、今日は一つだけ。













ハイフェッツ オリジナル・ジャケット・コレクション(10CD)RCA

今まであまりバイオリンは積極的に聴かなかったが、何故か今回はこのボックスが目を引き、買わねばならないような気になってしまった。ハイフェッツはご存じの通り史上最高のバイオリニストとも言われているが、私は今回初めて聴いた。当たり前なのだろうが素晴らしい演奏だった。正確無比なテクニック、かといって無機質では決してない。音の存在感が際だっている。録音は50年前前後のものばかりだがリマスターのおかげか音も素晴らしい。また、オリジナルジャケットを再現した紙ジャケットも味がある。

年配の愛好家のかたにはハイフェッツが素晴らしいということは至極当然のことなのだろうが、私にとっては新譜と同様であり、また新しい世界が開けた新鮮な体験だった。

調子に乗ってパールマンのオリジナル・ジャケット・コレクションも買ってしまった。。。














2008年5月4日日曜日

モンブラン

ゴールデンウィークも後半だが、結局仕事をしている。今日はオフィスへは行かなかったので身体は楽だったが、前日も午前2時帰宅。楽じゃない。明日と6日はオフィスへ行く。

というわけで目新しいこともないのだが、唯一、モンブランのマイスターシュテュック146を手に入れたのは大きなイベント。親が韓国へ行くというので免税のモンブラン・ショップで買ってきてもらった。日本円で55,000円くらいだったという。日本で定価で買うと77,000円。本当は青山の書斎館で十分に試し書きをして買うべきなのだろうが、さすがに定価では・・・。以前、イタリアの万年筆メーカーAURORA(アウロラと読む)の88という万年筆は書斎館でお茶を飲みながら他の様々な万年筆と比較し、吟味して買った。これはこれで大変満足できる買い物だった。
















現在のヘビーローテーションの万年筆。
左からアウロラ88、ペリカンのスーベレーンM400、ラミー2000、モンブラン マイスターシュテュック146、パーカー100

マイスターシュテュック146の8万円近い金額はは最近「筆記具メーカー」ではなく「ブランド品」を目指しているモンブランのブランドイメージを高く保つための「プレミアム」が相当に含まれているとは思うが、その書き味は確かに世界最高峰と謳われるだけのことはある。万年筆は沢山書くうちにペン先が滑らかになり、書いている本人の癖にペン先が馴染んでくる。どんなによいペンでも最初は引っ掛かりを感じるのだが、このペンにはそれが感じられない。書き味は滑らかだがペン先はがっしりしているし、全体も適度の重量があり私にはとても書きやすい。書き出しでインクが出ないときがあるので、若干調整が必要かもしれない。

インクはモンブランのレーシンググリーンを使っている。ほとんど黒に近い深緑で、とても良い色だ。

次はペリカンのM800かな・・・。

2008年4月29日火曜日

GW初日?

前日、仕事で午前2時に帰宅。最近少し忙しく、風邪を引いて久しく直らない。今日は疲れが全く抜けず日長だらだらして過ごす。今年のGWはカレンダー通り、どころか場合によっては出勤の可能性も・・・。

家人が気をきかせて録画してくれていた奈良薬師寺の日光菩薩・月光菩薩のNHKスペシャルは良かった。誰が何と言おうとこうした良質の番組を作成しているNHKを私は応援している。聴取料も喜んで払う。

ロシアの若手ピアニスト、ルガンスキーが演奏するラフマニノフのピアノ協奏曲第3番ニ短調を聴く。とても良い演奏だ。

2008年4月19日土曜日

存在の耐えられない軽さ

世界文学全集は着実に毎月届く(当たり前だが)。できるかぎり次の巻が届くまえに読もうと思っているが、他の本にも触手が伸びてなかなかそうも行かない。

クンデラの「存在の耐えられない軽さ」はなるほど名作だった。映画の軽薄な宣伝文句のため敬遠していたが間違いだった。解説で訳者も書いているように、現代日本という「キッチュの王国」にあって反キッチュ小説を意図して書かれている同書を読む意味は大きいと思う。再読するたびに新しい発見や思考のきっかけとなることが期待できる骨太の作品。

「ひとが追求する目的とはつねに覆い隠されているものだからだ。結婚したいと欲する娘は、彼女にとってはまったく未知のなにかを欲している。栄光を追いかける青年は、栄光のなんたるかについてどんな考えももっているわけではない。私たちの振る舞いに意味をあたえるのは、私たちにとって完全に未知のものなのである。」(西永良成訳)

84年の作品だが全く古びることなく存在感のある光を放っている。訳も素晴らしかった。

2008年4月13日日曜日

止むに止まれず。

「止むに止まれず。」という題名の演劇を六本木の俳優座へ見に行った。知り合いのお嬢さんが出演しているということを聞き、普段なかなか演劇へは手が回らないので、よいきっかけと思い金曜日の夜の六本木まで出掛けていった。

「鈴原家にとって今日は特別の日。十年前に飛び出した次男が帰って来るという。しかも婚約者を連れて・・・!朝から落ち着かない鈴原家。そこへ現れた一人の女性。「さあ、婚約者が現れた!」と思いきや、な、なんとそれは・・・?!」(同公演パンフレットより)

大変テンポのよい演技で、皆さん熱演だった。ハラハラしたり、笑えたり、ほろっときたり、大変面白かった。

その後、元ヒルズ族(の使用人)だったPAL氏と彼の行きつけの西麻布の和食の店で(深酒もせず)美味しい食事を頂き、大変充実した一日だった。

2008年3月30日日曜日

ヤフオク初体験

ヤフーオークションを初体験した。

先週の日経の書評欄で哲学者の森岡正博氏が、仏教学者の泰斗であり碩学で名高い玉城康四郎先生の著作「ダンマの顕現」に衝撃を受けたと書かれていたので、早速、手に入れて読んだがなるほどすさまじい。そのあたりはいつか日を改めて書きたいと思う。

とりあえず玉城先生の他の著作も読んでみたいと思ったが、案外と絶版が多く、新刊では見つけづらい。かといって神保町をくまなく探す暇もなく、試しにヤフーオークションで検索してみたら、何とあるではないか。状態もよさそう。

「道元」春秋社、1996
「仏教の思想」全5巻 法蔵館、1985

というわけでオークション登録して、プレミアム会員になって、入札してみた。
前者は入札者1名でわけなく落札。
後者もさすがにこんな本買う人は少ないよなーなどとたかをくくっていたら、終了時間間際に他の人が入札してきて訳もなく焦る。ほんのちょっとだけ競い合いになったが、案外早くあきらめてくれて、無事落札。終了時間て最高値更新があると自動的に伸びるんですね。知らなかった。

しかし確かに安く買えるときもあるのだろうが、実際のモノを見ないで競うあうとか、見ず知らずの人に個人情報を渡すとか、終了時間が近づいてくるとPCを見ていなくてはいけないとか、デメリットというか時間の使い方としては詰まらない部類に入るのかもしれないと感じた。自分は余程のことがないと使わないなということがわかった貴重な体験だった。

2008年3月23日日曜日

最近のCD

アルバン・ベルグ弦楽四重奏団「ベートーヴェン弦楽四重奏全集」EMI

今頃買って遅いよ、という声が聞こえてきそうだが、最近弦楽四重奏が気になる、というわけで定番モノでまず基準点設定。







Evgeni Koroliov「Bach French Suites BWV 812 - 817」TACET

ロシア人ピアニスト、バッハ、新譜とくれば買うしかない。かの名著「ロシアピアニズム」の著者佐藤泰一氏をして「ロシア出身の現在のバッハ弾き三羽烏はアファナシエフ、コロリョフ、フェルツマン」と言わしめるピアニスト。日本での知名度はかなり低く、知る人ぞ知る存在(らしい)。フランス組曲は案外とはまるものあり。もう少し聴き込んでみなければ。他に平均律も手に入れた。




山中千尋「After Hours」Verve

先日鬼籍に入ったオスカー・ピーターソンに捧げるアルバム。期待を裏切らない出来映えながら演奏時間は40分を切る短さ。確かに昔のLPはこんなものだったが、高い国内盤だと損した気分になる、と思ってよくよく値段を見たら2,300円だった。前のアルバム「Abyss」は3,000円だったのでミニアルバムという位置づけか、それとも日本人的気配りの表れか。




くるり「Philharmonic or die」ビクター
“ジュビリー”は名曲だ。往年のアランパーソンズプロジェクトの雰囲気がある。最近、会社で昼飯を食べに外に行くとき何故か”ブレーメン”が口をついて出る。







Tokyo String Quartet「Beethoven “Razumovsky” Quartets」harmonia mundi


弦楽四重奏の森に踏みいるきっかけとなった盤。ベテランながらみずみずしい演奏。今後の新譜に期待大!






FreeTempo「Sounds」Sound

FreeTempoを秘かに愛聴。半澤ワールド全開の出来映えだが、期待を裏切らないが故にそろそろ新しい展開が欲しい。至高の名曲”Sky High”を超える日は来るのか。Sky Highといってもミル・マスカラスの入場テーマではないので念のため。





Alexandre Tharaud「Chopin preludes」harmonia mundi
Alexandre Tharaud「Couperin tic toc choc」harmonia mundi


注目しているフランスの若手ピアニスト。クープランとは、やられた。







Simone Dinnerstein「J.S. Bach Goldberg Variations」TELARC


グールドに食傷気味のあなたにおすすめ。アプローチは似ているが。一時期こればかり聴いていた。






e.s.t.「live in hamburg」Emarcy


今やヨーロッパを代表するピアノトリオのライブ盤。e.s.t.のアルバムは久しぶりに買ったが確かに完成度は高い。エネルギーに満ちているし、美しい旋律も多い。







オフコース「i [ai] オールタイムベスト」東芝EMI
泣く子も黙るオフコースのベストアルバム。反対におじさんは泣きます。


サンボマスター「音楽の子供は歌う」Sony
我ながら、精神状態が不安定なのだろうか?


鈴木雅明、バッハコレギウムジャパン「バッハ ミサ曲ロ短調」BIS

峻烈なリヒター、コーラスが美しくなまめかしいヘレヴェッヘ、それぞれに素晴らしい演奏だが、それらに並ぶ現時点でロ短調ミサの最高峰の演奏の一つと言ってもいいのでは。精密なガラス細工の城を思わせる。それでいて案外頑丈。





荒井由美「Super Best of Yumi Arai」EMI
小学校3年生の分際で(失礼!)、ユーミンに凝っている娘と横浜HMVへ行ったので、ついつい買ってしまった。このCDではないが、ダンデライオンの「そうよ運命が~用意してくれた大切なレッスン」などと歌ってしんみりしている小学3年生ってどうよ?


先日、NHKで放映していた「薔薇の騎士」。ゾフィー役の森摩季も頑張っていた。独唱陣はかなり良い出来映え。テレビなんで何ともいえないが、ファビオ・ルイージ指揮のドレスデン国立歌劇場管弦楽団は余り感心はしなかった。精緻で疾走感はあるのだが、もう少し退廃的な雰囲気が欲しい・・・。もう一回聴けばまた印象も変わるだろう。彼が指揮しているR・シュトラウスの管弦楽曲のアルバムは素晴らしいのだから。

2008年3月15日土曜日

「西行と仮名」展

出光美術館で開催している「西行と仮名」展を観てきた。
出光美術館のある帝劇ビルと会社が徒歩10分の距離だったので昼休みを利用して行ってきたが、さすがにテーマがテーマだけに閑散としていると思いきや、結構静かに盛り上がっていた。確かに西行はある意味ブランドだろうし、書道愛好家には外せない展覧会なのだろう。

なかなか見応えのある展示だった。国宝「一品経和歌懐紙」や書状など現在数点しか確認されていない西行の真跡(自筆の書)に触れられたし、冷泉家時雨亭文庫所蔵の作品や伝西行筆とされている多くの書を観ることができて大変面白かった。

まだ、全く読み解くことはできないが、不思議に仮名文字には惹かれる。実は書の展覧会へ行ったのはこれが初めて。台東区の書道博物館で開催されている「蘭亭序」へも行ってこようか・・・。仮名を習いにいくか真剣に悩み中。

2008年3月5日水曜日

Beat goes on


ジャック・ケルアックの「オン・ザ・ロード」を青山南氏の新訳で読んだ。

数年前、文庫で出ている「路上」を読んだことがあった。その時の自分はどういう時期にあったのだったろうか。疾走感は感じたが、その時の自分にとって最も無縁なもの、遠いものと感じて、「ビート・ジェネレーションの代表作をようやく読んだ」という満足感以外に心には残らなかったように思う。
「路上」を読むには年を取り過ぎていたのだろうか、などと浅薄な評価を下していたかもしれない。

確かにそこには今の自分とは対極にある物語が描かれている。
でも今回は、読みながら様々なことを感じ、考え、思いを巡らした。

「魂について率直に語り合うべきだ、人生は神聖で、一瞬一瞬、貴重なのだから。デンヴァー&リオグランデ鉄道の蒸気機関車がしゅっしゅっと吠えながら山々のほうへ向かっていくのが聞こえた。ぼくはぼくの星をずっと先まで追っていきたい。」

「ぼくは好きなことが多すぎて、いろんなことをごちゃごちゃにしたまま、流れ星から流れ星へと走り回ったあげく落っこちるというのだ。でも、いまは夜だ、夜とはそういうものではないのか。」

物語のほとんどが乱痴気騒ぎと無節操で愚かな旅だ。

でも誰もが若いときにこんな旅を経験しているのだ。空間を移動する旅のスタイルではない、無目的さに苛まれた精神の放浪を。行く先の見えない、いや、行く先を決めつけてしまっているからこそ悲しいその場限りの馬鹿騒ぎを。


アレン・ギンズバーグの「吠える」を初めて読んだときの衝撃を忘れない。中学生のときだったろうか。

"僕は見た 狂気によって破壊された僕の世代の最良の精神たちを 飢え 苛ら立ち 裸で 夜明けの黒人街を腹立たしい一服の薬を求めて のろのろと歩いてゆくのを

夜の機械の 星々のダイナモとの 古代からの神聖な関係を憧れてしきりに求めている天使の頭をしたヒップスターたち

ある者らは 金もなく ぼろぼろのシャツを着て うつろな眼でタバコをふかし 寝もせずに 湯も出ないアパートの超自然的な暗闇で 都会の上を漂いジャズを瞑想していた

ある者らは 高架鉄道の下で 神に捧げる脳みそを暴いた そして 貧民アパートの屋根の上でよろめいているモハメッド的な天使たちが照らし出されるのを見た

ある者らは・・・"  (諏訪優 訳)

初めて詩の力、言葉の力を思い知った体験だったかもしれない。
何故、ビートに惹かれたのか。
おそらくは自分に最も欠けていたものがそこにはあったのだろう。愚かな魂の放浪は一緒だったが。優等生の道を誇らしげに歩いていたが、確かなものなど何もなく、自分自身以外のものに権威の源を求める浅薄なプライドで覆われていた。

大学のときに、とても惹かれた友人がいた。
奴は帽子をかぶり、いつも人混みの中で歌を歌っていた。
私はといえば、帽子は全く似合わず、酔わなければ人混みでは歌えなかった。
奴は奴自身以外になろうとはしなかった。
私は薄っぺらな常識や倫理を奴に説こうとして全く相手にされなかった。そう、彼はヒップだった。
私は愛されない不機嫌な子供だった。

通勤電車 いろいろな顔、身体、匂い、ぶつかり合う身体と想念、不機嫌だったり、無表情だったり、笑みを浮かべていたり、怒っていたり、良い顔など滅多にいない。
誰もが海や山へ向かう長距離列車や車に乗り込んで遠くへ行きたがっている。自分を縛りつけているもろもろのものから解き放たれたがっている。自分を縛りつけているのは自分以外の何かではなく、自分自身に他ならないと薄々気がついているというのに。

旅に出よう。
それは無責任になることと同義ではない。
むしろ自分の人生を自分で責任を取って進んでいくための大切な行動だ、ビジョンだ。
あまりに心がごてごてと飾り立てられてしまって、本当の核を見失っている。何故、自分で身動きができないように心と身体を踏み固めてしまっているのか。
車に飛び乗ってメキシコへ行けばよい。
自分自身以外何も身につけられない荒野へ。
皆が生きることをシンプルに楽しんだり苦しんだりしている田舎町へ。人生の要素を減らすともっと生きることの姿が見えてくる。

奴は今、何を考えているのだろうか。
相変わらず人混みで歌を歌っているのだろうか、幸せなのだろうか、楽しんでいるのだろうか、苦しんでいるのだろうか、後悔しているのだろうか、多分その全てなんだろう。
引っくるめて生きるということなのだろう。

ビート・ジェネレーションの”Beat”は、「くたびれた」とか「うちひしがれた」とか、あまりポジティブな意味ではない。東海道線の座席で背中を丸め眠り続ける、それでも鼓動は続く、going on、続く、続く、叩き続けろ、リズムを刻み続けろ、それもビートだ。

2008年2月16日土曜日

世界文学全集

河出書房新社が新たに刊行を開始した世界文学全集(全24巻)を予約した。池澤夏樹の個人編集ということでこれまでの文学全集とは一風変わったラインアップになっている。新訳や改訳、初訳なども沢山あって非常に楽しみだ。1巻目は何とジャック・ケルアックの「オン・ザ・ロード」だ。以下、バルガス=リョサ「楽園への道」、クンデラ「存在の耐えられない軽さ」、デュラス「太平洋の防波堤/愛人 ラマン」・・・と続く。
http://mag.kawade.co.jp/sekaibungaku/

当たり前だが本屋へ行けば自分の読みたい本・面白そうと感じた本・人から勧められた本・書評で褒めていた本・・・などを買う。でもきっとそんな本以外にもすばらしい本は沢山あるに違いない。「全集」は自分が一つ一つ選んでいるわけではないから、そんな「自分が選ばない素晴らしい本・作家」と出会える絶好の機会だろう。

割烹や小料理屋へ行っておまかせをお願いしたとき、自分では決して注文しない料理が出てきて、食べてみたら凄く美味しかった。そんなときは自分の知らなかった新しい世界が広がり幸せな気分にならないだろうか。

今回、「全集」を読もうと思ったのは、そんな思いからだった。

2008年1月5日土曜日

別れ

義理の母が逝った。

結婚してから十一年間、様々な思い出がある。

娘と息子をこよなく愛してくれた。妻を助けてくれて、そして私を助けてくれた。


寂しい。


娘は「もう苦しくないんだから、おばあちゃんは大丈夫」と言った。病床で、また、死んでなお、娘はおばあちゃんの髪を解かし続けた。本人は最早涅槃にいて安心の境地にいるにしても、残された家族の喪失感を癒すのは大抵のことではない。


母は、生きている間、家族を一つにつなぎとめ、そして、死んでなお家族を再び一つにした。


生きることは悲しい。生きることは苦しい。

愛別離苦。

誰もが必ず死ぬし、そして誰かが生まれる。

無常、を言葉で知ってはいても、受け入れがたい現実。愛する人がいなくなるという事実。しかもこんなにも早く。


もう一日早ければという後悔。

日頃から健診に無理に連れて行けばという後悔。

前兆を見逃していた後悔。

親孝行ができなかったという後悔。

ありがとうと言えなかった後悔。

失うのであれば、あれも言ったのに、これもしたのに・・・。

届かない思いだけが、ぐるぐると浮かんで回っている。


もっと生きていて欲しかった。

娘と息子のなかに「おばあちゃん」をもっと刻み込んで欲しかった。


今はもう叶わない願い。


母は全力で生きて来た。全力で人生を駆け抜けた。そろそろ休まなくていけない時節だったのかもしれない。自らの死をもって家族に最後のお世話をしたのかもしれない。


悲しい。


平成十九年十二月四日、享年六十六歳、本当に多くの人に惜しまれて母は逝った。