今回は古くからの友人Y女史と晴海トリトンスクエアにある第一生命ホールへ。こぢんまりとした良いホールだ。
コンサートホールでジャズのライブは記憶のある限り初めての体験。やはりジャズのライブには酒と煙草が・・・とも思う。山中千尋の演奏はとても力の入ったもので楽しめた。
最新アルバムの「Bravogue」はかなりの完成度だと思う。ここ何枚かのアルバムの中では最も好きなアルバムだ。生演奏の本物のジャズが久し振りに聴けて元気が出た。

とは云え良いと言い切れるわけでもない。




ロシア人ピアニスト、バッハ、新譜とくれば買うしかない。かの名著「ロシアピアニズム」の著者佐藤泰一氏をして「ロシア出身の現在のバッハ弾き三羽烏はアファナシエフ、コロリョフ、フェルツマン」と言わしめるピアニスト。日本での知名度はかなり低く、知る人ぞ知る存在(らしい)。フランス組曲は案外とはまるものあり。もう少し聴き込んでみなければ。他に平均律も手に入れた。
先日鬼籍に入ったオスカー・ピーターソンに捧げるアルバム。期待を裏切らない出来映えながら演奏時間は40分を切る短さ。確かに昔のLPはこんなものだったが、高い国内盤だと損した気分になる、と思ってよくよく値段を見たら2,300円だった。前のアルバム「Abyss」は3,000円だったのでミニアルバムという位置づけか、それとも日本人的気配りの表れか。


toc choc」harmonia mundi


なかなか見応えのある展示だった。国宝「一品経和歌懐紙」や書状など現在数点しか確認されていない西行の真跡(自筆の書)に触れられたし、冷泉家時雨亭文庫所蔵の作品や伝西行筆とされている多くの書を観ることができて大変面白かった。
義理の母が逝った。
結婚してから十一年間、様々な思い出がある。
娘と息子をこよなく愛してくれた。妻を助けてくれて、そして私を助けてくれた。
寂しい。
娘は「もう苦しくないんだから、おばあちゃんは大丈夫」と言った。病床で、また、死んでなお、娘はおばあちゃんの髪を解かし続けた。本人は最早涅槃にいて安心の境地にいるにしても、残された家族の喪失感を癒すのは大抵のことではない。
母は、生きている間、家族を一つにつなぎとめ、そして、死んでなお家族を再び一つにした。
生きることは悲しい。生きることは苦しい。
愛別離苦。
誰もが必ず死ぬし、そして誰かが生まれる。
無常、を言葉で知ってはいても、受け入れがたい現実。愛する人がいなくなるという事実。しかもこんなにも早く。
もう一日早ければという後悔。
日頃から健診に無理に連れて行けばという後悔。
前兆を見逃していた後悔。
親孝行ができなかったという後悔。
ありがとうと言えなかった後悔。
失うのであれば、あれも言ったのに、これもしたのに・・・。
届かない思いだけが、ぐるぐると浮かんで回っている。
もっと生きていて欲しかった。
娘と息子のなかに「おばあちゃん」をもっと刻み込んで欲しかった。
今はもう叶わない願い。
母は全力で生きて来た。全力で人生を駆け抜けた。そろそろ休まなくていけない時節だったのかもしれない。自らの死をもって家族に最後のお世話をしたのかもしれない。
悲しい。
平成十九年十二月四日、享年六十六歳、本当に多くの人に惜しまれて母は逝った。
