
中島岳志「パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義」白水社、2007
東京裁判において、インド政府から派遣されたパール判事は、A級戦犯に対して訴追された「平和に対する罪」と「人道に対する罪」が当時国際法において確立された罪にはあたらないとし、罪刑法定主義の観点から全員無罪とした「意見書」を提出した(これはかいつまんだ説明であり、無罪とする背景や根拠、論理全てを表すものではない)。本書はそのパール判事の意見書を俯瞰し、彼の生涯と思想の一端を紹介している。
彼は、時代の政治状況に影響されることなく、派遣された政府から独立した地位で、法律家として個人的な資格をもって自ら信じる司法的正義に従って審理にあたり、意見書を提出した。
自らの眼で見て、自らの耳で聞き、自らの頭で考え、自らの口で語ることの大切さ。
そのためには、それを可能とする眼と耳と頭と口を持つことだ。
他人の意見、マスコミ、政府、政治家、会社、評論家・・・の語ることを盲信せず、自分の代わりに判断してもらうような愚を避けることだ。
安易に「最近の日本人は・・・」などと批判を口にすることは好むところではないが、あまりに自分の頭で考えている人が少ないように思う。
考えることは苦しい、だから避ける。テレビがたれ流していることを自分で考えたことと錯覚する。いや錯覚することを望んでいる。なぜなら考えて語ることは容易ではないからだ。責任をもって考え、責任をもって語らなくてはいけない。
自分は、パール判事のように、自らの正義を信じ、その態度を貫くことができるだろうか。
それにしても、このパール意見書を都合良く解釈、引用して大東亜戦争を正当化しようとする論者がいまだに(今だから?)後を絶たないことには驚いた。
2 件のコメント:
事後法の禁止というやつですね。
どの国の判事もそんなことは分っていたはずですが、戦勝国が敗戦国を裁くのは、合法的なリンチみたいなものです。
文句言ってもしょうがないですが・・
ただ、自分が正しいと信じることを正々堂々と臆することなく主張する精神は、日本人は見習わないといけないですね。
敗戦国を裁くのに、いみじくも「法廷」を装い、「僕等は国際法に則って公正に裁いたもんね、復讐なんてことを考える野蛮人じゃなくて文明国なんだもんね」という偽善がうざい。イラクも一緒ですが。何も進歩していない、少なくともアメリカは。
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