少し前の金曜日、「櫻の木の上 櫻の木の下」という演劇を観にいった
校長先生を演じた役者さんの演技に深い感銘を受ける
戦争を語り継ぐもの、奇妙な対照?
同じ女学校という舞台で演じられる二つの時代
余りに卑小に映る現代の生
現代を生きることの苦悩
生存の危険や死にまつわる悲喜劇を語るのは易しい
現代の苦悩はもっと微妙で、淡く、微小なずれだ
だからといって現代が空虚なんてことはいえない
多くのものが詰め込まれ彼の時代に比べ却って密度は上がっているのではないか
大震災の報道が連日テレビで流れる
余りに直截な生と死にまつわる悲劇と、むきだしの悲しさと善に感情のセンサーが入力過多で破壊寸前だ
かつても、大きな苦しさと悲しさが満ちていた
今、それを語るのは単なるノスタルジーなのか
今を生きる悩みは卑小かもしれないが、よりリアルだ
生の感触を湛えている
それは押し倒した胸の感触、怒ったり叫んだり嘆いたり空を見上げたりする空気の振動
中原校長は若い教師たちに櫻の木の下に埋まっていたものを語ることはなかった
これは劇評ではない
何日もたって演技の生々しさ、明確な輪郭が失われたときに語り得る劇の影から漂う思考の澱のようなものだ
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