ヤフーオークションを初体験した。
先週の日経の書評欄で哲学者の森岡正博氏が、仏教学者の泰斗であり碩学で名高い玉城康四郎先生の著作「ダンマの顕現」に衝撃を受けたと書かれていたので、早速、手に入れて読んだがなるほどすさまじい。そのあたりはいつか日を改めて書きたいと思う。
とりあえず玉城先生の他の著作も読んでみたいと思ったが、案外と絶版が多く、新刊では見つけづらい。かといって神保町をくまなく探す暇もなく、試しにヤフーオークションで検索してみたら、何とあるではないか。状態もよさそう。
「道元」春秋社、1996
「仏教の思想」全5巻 法蔵館、1985
というわけでオークション登録して、プレミアム会員になって、入札してみた。
前者は入札者1名でわけなく落札。
後者もさすがにこんな本買う人は少ないよなーなどとたかをくくっていたら、終了時間間際に他の人が入札してきて訳もなく焦る。ほんのちょっとだけ競い合いになったが、案外早くあきらめてくれて、無事落札。終了時間て最高値更新があると自動的に伸びるんですね。知らなかった。
しかし確かに安く買えるときもあるのだろうが、実際のモノを見ないで競うあうとか、見ず知らずの人に個人情報を渡すとか、終了時間が近づいてくるとPCを見ていなくてはいけないとか、デメリットというか時間の使い方としては詰まらない部類に入るのかもしれないと感じた。自分は余程のことがないと使わないなということがわかった貴重な体験だった。
2008年3月23日日曜日
最近のCD
アルバン・ベルグ弦楽四重奏団「ベートーヴェン弦楽四重奏全集」EMI

今頃買って遅いよ、という声が聞こえてきそうだが、最近弦楽四重奏が気になる、というわけで定番モノでまず基準点設定。
Evgeni Koroliov「Bach French Suites BWV 812 - 817」TACET
ロシア人ピアニスト、バッハ、新譜とくれば買うしかない。かの名著「ロシアピアニズム」の著者佐藤泰一氏をして「ロシア出身の現在のバッハ弾き三羽烏はアファナシエフ、コロリョフ、フェルツマン」と言わしめるピアニスト。日本での知名度はかなり低く、知る人ぞ知る存在(らしい)。フランス組曲は案外とはまるものあり。もう少し聴き込んでみなければ。他に平均律も手に入れた。
山中千尋「After Hours」Verve
先日鬼籍に入ったオスカー・ピーターソンに捧げるアルバム。期待を裏切らない出来映えながら演奏時間は40分を切る短さ。確かに昔のLPはこんなものだったが、高い国内盤だと損した気分になる、と思ってよくよく値段を見たら2,300円だった。前のアルバム「Abyss」は3,000円だったのでミニアルバムという位置づけか、それとも日本人的気配りの表れか。
くるり「Philharmonic or die」ビクター
“ジュビリー”は名曲だ。往年のアランパーソンズプロジェクトの雰囲気がある。最近、会社で昼飯を食べに外に行くとき何故か”ブレーメン”が口をついて出る。
Tokyo String Quartet「Beethoven “Razumovsky” Quartets」harmonia mundi
弦楽四重奏の森に踏みいるきっかけとなった盤。ベテランながらみずみずしい演奏。今後の新譜に期待大!
FreeTempo「Sounds」Sound

FreeTempoを秘かに愛聴。半澤ワールド全開の出来映えだが、期待を裏切らないが故にそろそろ新しい展開が欲しい。至高の名曲”Sky High”を超える日は来るのか。Sky Highといってもミル・マスカラスの入場テーマではないので念のため。
Alexandre Tharaud「Chopin preludes」harmonia mundi
Alexandre Tharaud「Couperin tic
toc choc」harmonia mundi
注目しているフランスの若手ピアニスト。クープランとは、やられた。
Simone Dinnerstein「J.S. Bach Goldberg Variations」TELARC

グールドに食傷気味のあなたにおすすめ。アプローチは似ているが。一時期こればかり聴いていた。
e.s.t.「live in hamburg」Emarcy

今やヨーロッパを代表するピアノトリオのライブ盤。e.s.t.のアルバムは久しぶりに買ったが確かに完成度は高い。エネルギーに満ちているし、美しい旋律も多い。
オフコース「i [ai] オールタイムベスト」東芝EMI
泣く子も黙るオフコースのベストアルバム。反対におじさんは泣きます。
サンボマスター「音楽の子供は歌う」Sony
我ながら、精神状態が不安定なのだろうか?
鈴木雅明、バッハコレギウムジャパン「バッハ ミサ曲ロ短調」BIS

峻烈なリヒター、コーラスが美しくなまめかしいヘレヴェッヘ、それぞれに素晴らしい演奏だが、それらに並ぶ現時点でロ短調ミサの最高峰の演奏の一つと言ってもいいのでは。精密なガラス細工の城を思わせる。それでいて案外頑丈。
荒井由美「Super Best of Yumi Arai」EMI
小学校3年生の分際で(失礼!)、ユーミンに凝っている娘と横浜HMVへ行ったので、ついつい買ってしまった。このCDではないが、ダンデライオンの「そうよ運命が~用意してくれた大切なレッスン」などと歌ってしんみりしている小学3年生ってどうよ?
先日、NHKで放映していた「薔薇の騎士」。ゾフィー役の森摩季も頑張っていた。独唱陣はかなり良い出来映え。テレビなんで何ともいえないが、ファビオ・ルイージ指揮のドレスデン国立歌劇場管弦楽団は余り感心はしなかった。精緻で疾走感はあるのだが、もう少し退廃的な雰囲気が欲しい・・・。もう一回聴けばまた印象も変わるだろう。彼が指揮しているR・シュトラウスの管弦楽曲のアルバムは素晴らしいのだから。

今頃買って遅いよ、という声が聞こえてきそうだが、最近弦楽四重奏が気になる、というわけで定番モノでまず基準点設定。
Evgeni Koroliov「Bach French Suites BWV 812 - 817」TACET
ロシア人ピアニスト、バッハ、新譜とくれば買うしかない。かの名著「ロシアピアニズム」の著者佐藤泰一氏をして「ロシア出身の現在のバッハ弾き三羽烏はアファナシエフ、コロリョフ、フェルツマン」と言わしめるピアニスト。日本での知名度はかなり低く、知る人ぞ知る存在(らしい)。フランス組曲は案外とはまるものあり。もう少し聴き込んでみなければ。他に平均律も手に入れた。山中千尋「After Hours」Verve
先日鬼籍に入ったオスカー・ピーターソンに捧げるアルバム。期待を裏切らない出来映えながら演奏時間は40分を切る短さ。確かに昔のLPはこんなものだったが、高い国内盤だと損した気分になる、と思ってよくよく値段を見たら2,300円だった。前のアルバム「Abyss」は3,000円だったのでミニアルバムという位置づけか、それとも日本人的気配りの表れか。くるり「Philharmonic or die」ビクター

“ジュビリー”は名曲だ。往年のアランパーソンズプロジェクトの雰囲気がある。最近、会社で昼飯を食べに外に行くとき何故か”ブレーメン”が口をついて出る。
Tokyo String Quartet「Beethoven “Razumovsky” Quartets」harmonia mundi

弦楽四重奏の森に踏みいるきっかけとなった盤。ベテランながらみずみずしい演奏。今後の新譜に期待大!
FreeTempo「Sounds」Sound

FreeTempoを秘かに愛聴。半澤ワールド全開の出来映えだが、期待を裏切らないが故にそろそろ新しい展開が欲しい。至高の名曲”Sky High”を超える日は来るのか。Sky Highといってもミル・マスカラスの入場テーマではないので念のため。
Alexandre Tharaud「Chopin preludes」harmonia mundi
Alexandre Tharaud「Couperin tic
toc choc」harmonia mundi注目しているフランスの若手ピアニスト。クープランとは、やられた。
Simone Dinnerstein「J.S. Bach Goldberg Variations」TELARC

グールドに食傷気味のあなたにおすすめ。アプローチは似ているが。一時期こればかり聴いていた。
e.s.t.「live in hamburg」Emarcy

今やヨーロッパを代表するピアノトリオのライブ盤。e.s.t.のアルバムは久しぶりに買ったが確かに完成度は高い。エネルギーに満ちているし、美しい旋律も多い。
オフコース「i [ai] オールタイムベスト」東芝EMI
泣く子も黙るオフコースのベストアルバム。反対におじさんは泣きます。
サンボマスター「音楽の子供は歌う」Sony
我ながら、精神状態が不安定なのだろうか?
鈴木雅明、バッハコレギウムジャパン「バッハ ミサ曲ロ短調」BIS

峻烈なリヒター、コーラスが美しくなまめかしいヘレヴェッヘ、それぞれに素晴らしい演奏だが、それらに並ぶ現時点でロ短調ミサの最高峰の演奏の一つと言ってもいいのでは。精密なガラス細工の城を思わせる。それでいて案外頑丈。
荒井由美「Super Best of Yumi Arai」EMI
小学校3年生の分際で(失礼!)、ユーミンに凝っている娘と横浜HMVへ行ったので、ついつい買ってしまった。このCDではないが、ダンデライオンの「そうよ運命が~用意してくれた大切なレッスン」などと歌ってしんみりしている小学3年生ってどうよ?
先日、NHKで放映していた「薔薇の騎士」。ゾフィー役の森摩季も頑張っていた。独唱陣はかなり良い出来映え。テレビなんで何ともいえないが、ファビオ・ルイージ指揮のドレスデン国立歌劇場管弦楽団は余り感心はしなかった。精緻で疾走感はあるのだが、もう少し退廃的な雰囲気が欲しい・・・。もう一回聴けばまた印象も変わるだろう。彼が指揮しているR・シュトラウスの管弦楽曲のアルバムは素晴らしいのだから。
2008年3月15日土曜日
「西行と仮名」展
出光美術館で開催している「西行と仮名」展を観てきた。
出光美術館のある帝劇ビルと会社が徒歩10分の距離だったので昼休みを利用して行ってきたが、さすがにテーマがテーマだけに閑散としていると思いきや、結構静かに盛り上がっていた。確かに西行はある意味ブランドだろうし、書道愛好家には外せない展覧会なのだろう。
なかなか見応えのある展示だった。国宝「一品経和歌懐紙」や書状など現在数点しか確認されていない西行の真跡(自筆の書)に触れられたし、冷泉家時雨亭文庫所蔵の作品や伝西行筆とされている多くの書を観ることができて大変面白かった。
まだ、全く読み解くことはできないが、不思議に仮名文字には惹かれる。実は書の展覧会へ行ったのはこれが初めて。台東区の書道博物館で開催されている「蘭亭序」へも行ってこようか・・・。仮名を習いにいくか真剣に悩み中。
出光美術館のある帝劇ビルと会社が徒歩10分の距離だったので昼休みを利用して行ってきたが、さすがにテーマがテーマだけに閑散としていると思いきや、結構静かに盛り上がっていた。確かに西行はある意味ブランドだろうし、書道愛好家には外せない展覧会なのだろう。
なかなか見応えのある展示だった。国宝「一品経和歌懐紙」や書状など現在数点しか確認されていない西行の真跡(自筆の書)に触れられたし、冷泉家時雨亭文庫所蔵の作品や伝西行筆とされている多くの書を観ることができて大変面白かった。まだ、全く読み解くことはできないが、不思議に仮名文字には惹かれる。実は書の展覧会へ行ったのはこれが初めて。台東区の書道博物館で開催されている「蘭亭序」へも行ってこようか・・・。仮名を習いにいくか真剣に悩み中。
2008年3月5日水曜日
Beat goes on

ジャック・ケルアックの「オン・ザ・ロード」を青山南氏の新訳で読んだ。
数年前、文庫で出ている「路上」を読んだことがあった。その時の自分はどういう時期にあったのだったろうか。疾走感は感じたが、その時の自分にとって最も無縁なもの、遠いものと感じて、「ビート・ジェネレーションの代表作をようやく読んだ」という満足感以外に心には残らなかったように思う。
「路上」を読むには年を取り過ぎていたのだろうか、などと浅薄な評価を下していたかもしれない。
確かにそこには今の自分とは対極にある物語が描かれている。
でも今回は、読みながら様々なことを感じ、考え、思いを巡らした。
「魂について率直に語り合うべきだ、人生は神聖で、一瞬一瞬、貴重なのだから。デンヴァー&リオグランデ鉄道の蒸気機関車がしゅっしゅっと吠えながら山々のほうへ向かっていくのが聞こえた。ぼくはぼくの星をずっと先まで追っていきたい。」
「ぼくは好きなことが多すぎて、いろんなことをごちゃごちゃにしたまま、流れ星から流れ星へと走り回ったあげく落っこちるというのだ。でも、いまは夜だ、夜とはそういうものではないのか。」
物語のほとんどが乱痴気騒ぎと無節操で愚かな旅だ。
でも誰もが若いときにこんな旅を経験しているのだ。空間を移動する旅のスタイルではない、無目的さに苛まれた精神の放浪を。行く先の見えない、いや、行く先を決めつけてしまっているからこそ悲しいその場限りの馬鹿騒ぎを。
アレン・ギンズバーグの「吠える」を初めて読んだときの衝撃を忘れない。中学生のときだったろうか。
"僕は見た 狂気によって破壊された僕の世代の最良の精神たちを 飢え 苛ら立ち 裸で 夜明けの黒人街を腹立たしい一服の薬を求めて のろのろと歩いてゆくのを
夜の機械の 星々のダイナモとの 古代からの神聖な関係を憧れてしきりに求めている天使の頭をしたヒップスターたち
ある者らは 金もなく ぼろぼろのシャツを着て うつろな眼でタバコをふかし 寝もせずに 湯も出ないアパートの超自然的な暗闇で 都会の上を漂いジャズを瞑想していた
ある者らは 高架鉄道の下で 神に捧げる脳みそを暴いた そして 貧民アパートの屋根の上でよろめいているモハメッド的な天使たちが照らし出されるのを見た
ある者らは・・・" (諏訪優 訳)
初めて詩の力、言葉の力を思い知った体験だったかもしれない。
何故、ビートに惹かれたのか。
おそらくは自分に最も欠けていたものがそこにはあったのだろう。愚かな魂の放浪は一緒だったが。優等生の道を誇らしげに歩いていたが、確かなものなど何もなく、自分自身以外のものに権威の源を求める浅薄なプライドで覆われていた。
大学のときに、とても惹かれた友人がいた。
奴は帽子をかぶり、いつも人混みの中で歌を歌っていた。
私はといえば、帽子は全く似合わず、酔わなければ人混みでは歌えなかった。
奴は奴自身以外になろうとはしなかった。
私は薄っぺらな常識や倫理を奴に説こうとして全く相手にされなかった。そう、彼はヒップだった。
私は愛されない不機嫌な子供だった。
通勤電車 いろいろな顔、身体、匂い、ぶつかり合う身体と想念、不機嫌だったり、無表情だったり、笑みを浮かべていたり、怒っていたり、良い顔など滅多にいない。
誰もが海や山へ向かう長距離列車や車に乗り込んで遠くへ行きたがっている。自分を縛りつけているもろもろのものから解き放たれたがっている。自分を縛りつけているのは自分以外の何かではなく、自分自身に他ならないと薄々気がついているというのに。
旅に出よう。
それは無責任になることと同義ではない。
むしろ自分の人生を自分で責任を取って進んでいくための大切な行動だ、ビジョンだ。
あまりに心がごてごてと飾り立てられてしまって、本当の核を見失っている。何故、自分で身動きができないように心と身体を踏み固めてしまっているのか。
車に飛び乗ってメキシコへ行けばよい。
自分自身以外何も身につけられない荒野へ。
皆が生きることをシンプルに楽しんだり苦しんだりしている田舎町へ。人生の要素を減らすともっと生きることの姿が見えてくる。
奴は今、何を考えているのだろうか。
相変わらず人混みで歌を歌っているのだろうか、幸せなのだろうか、楽しんでいるのだろうか、苦しんでいるのだろうか、後悔しているのだろうか、多分その全てなんだろう。
引っくるめて生きるということなのだろう。
ビート・ジェネレーションの”Beat”は、「くたびれた」とか「うちひしがれた」とか、あまりポジティブな意味ではない。東海道線の座席で背中を丸め眠り続ける、それでも鼓動は続く、going on、続く、続く、叩き続けろ、リズムを刻み続けろ、それもビートだ。
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