2007年11月27日火曜日

Leopard

色々と書きたいことはあるのだが、なかなか落ち着く時間がない。

といいつつ、我が家のMacにOS X Leopardを導入。まだ十分いじっていないが、快適、快適。中身を評価する知識はないけれど、インターフェイスだけでもWindowsの遥か先を行っていることは感じられる。じわりじわりとMacのシェアものびているらしい。大変結構なことだと思ったが、それはBoot campや仮想化ソフトのおかげでWindowsが使えるようになったことも大きな要因でしょう。そう思うとちょっと複雑だが、自分もそんな一人だから・・・。

前から気になっていた
大澤真幸「ナショナリズムの由来」講談社、2007を買った。本文で830頁近くある大著。
読み切ることができるだろうか・・・。

2007年11月10日土曜日

バド・パウエル

バド・パウエルというピアニストがいた。









ジャズが好きな人であれば知らない人はいないというピアニストだ。
チャーリー・パーカーやセロニアス・モンク、マックス・ローチなどとモダン・ジャズの黎明期に今のジャズの形を創り上げた偉大なプレイヤーの一人だ。

精神病院への入退院を繰り返し、電気ショック療法で廃人同然となり、アルコール中毒に蝕まれたりして、まともにピアノが弾けない時期も長かったというが、時に奇跡的な演奏を残した。

その演奏は、超絶技巧であるが、私には、まとわりつくような空気感、重苦しさ、天上に昇りきれない堕天使の喘ぎ、たまらなく切なく悲しくなる響きと旋律だ。

かつて精神的に疲れていたとき、不安定であったとき、そんなときにバド・パウエルばかり聴いていた。

今さっき、買って積んでいた詩集をふと手にしてパラパラと頁を繰っていたら一編の詩が目にとまった。「バド・パウエルに捧げる二つの詩」。



・・・(略)・・・

二十一世紀の こんな空しく クソったれで出鱈目な
気分のうちに 沈みかけ
胸のわるくなる日々を過ごす
おれたちに語りかける

まるだ気違いバドの
ちょっぴり気違いじみた ピアノの詐術のうちに
おれは やっと安心できる
隠れ家を さがしてる みたい


・・・(略)・・・

みたくもないものに
みちみちた世界
遁走する土地さえもない

いまなお狂いそうになる人間の
隠れ家になってくれそうな
バド・パウエル
泣いているような もがいているような
それでいて嬉しくなり
両頬の ゆるみそうになる

ウン・ポコ・老狐
ウン・ポコ・狼虎

飯島耕一「バド・パウエルに捧げる二つの詩」(詩集「アメリカ」より)


ああ、これなのだ、と独りごちた。
戦後の現代詩を切り開いてきた大詩人が言いたくても表現できなかったことを書いていてくれている、というのもおこがましいが、世界が違和感に満ちたものとなるときにバド・パウエルはやってくる。違和感が、世界の内に問題があるためでなく、飽くまで自分の内の問題なのだとしても、バド・パウエルは優しく狂気をあからさまにして、ウン・ポコ・ロコ、ウン・ポコ・ロコ(ちょっと狂っている)と、鍵盤を叩き、僕らに世界を覗く覗き穴を渡してくれる。

昔「ラウンド・ミッドナイト」という映画があった。
テナー・サックスのデクスター・ゴードン(彼も既に故人だ)が主演し、アル中で落ちぶれた偉大なプレイヤーがパリに渡り熱烈なファンの一人に支えられ最後の輝かしい日々を過ごすというストーリーだ。
モデルはバド・パウエル。













彼に「At the Golden Circle (Vol.1~5)」というアルバムがある。
死の数年前のヨーロッパ滞在、ストックホルムのゴールデン・サークルというライブハウスでの演奏を収録したアルバムだ。
指はかつてのように回らない。
たどたどしく鍵盤の上を引きずり回る。
それでいて一音一音、大切に、別れを惜しむかのように、奏でられる。
ミスタッチ?それもまた音楽の一部だ。
これもまた音楽の奇跡なのだ。


2007年11月1日木曜日

怒らないこと

忙しい・・・。

しかし嫌なストレスはほとんどないので幸せだ。

でも、本を読む気がなくなってしまうのは困りものだ。

















山中湖湖畔の不思議なレストランで



もう怒りは忘れようではないか。

怒る、とは他人のために生きていること、他人の人生を生きていること他ならない。

残された時間は限られているのだから、自分の人生を生きよう。


怒りと溜息に生きていたかつての自分とあなたへ。

2007年10月15日月曜日

寒川神社

今日は寒川神社へお参りに行ってきた。
明日から仕事の環境が少し変化するので、気持ちを切り替え、新しいことへ向かうエネルギーを貰うために、境内の清浄な空気に浸りたいと思い、妻と下の子供を連れて車で向かった。






















さすがに平日ということもあり参拝の人もそれ程多くなかったので、祈願もすぐにして頂けた。


















寒川さんは「八方除(はっぽうよけ)」で有名だ。八方除とは「地相・家相・方位・日柄・厄年などに由来するすべての禍事・災難を取り除き、家業繁栄・福徳円満な日々をもたらす」祈願のこととある(同神社ホームページより)。前回お参りへ行ったときは休日ではあったが異様な数の祈願の人々で溢れかえっていて、ご祈願にもの凄く時間がかかった。それだけ近隣・遠方を問わず多くの人が訪れているということだろう。






















商売繁盛のお札を探したがなかった。これは新しい職場の産土神(うぶすなかみ:鎮守様)へお参りすることにしよう。内幸町の鎮守様は何処だろうか。

2007年9月24日月曜日

万年筆

ここ数年、仕事や家で物を書くのに万年筆を使っている。
万年筆との出会いは中学生のときだったろうか。兄がParker 25という万年筆を使っていた。当時万年筆を使っている中学生などおらず(今もいないか)、誰も使っていないというという優越感に浸りたかったのか、背伸びしたかったのか、早速私も同じParker25の万年筆を買ってもらい(ペン先はステンレスで、それ程高価でもなかった)塾のノート取りや家庭学習などに使っていた。このペンはいまだに持っている。





















高校生〜大学生のときも海外土産のParker(多分Parker 95)など2、3本使っていたように思うが、今考えれば、授業のノート取りに強い筆圧でガリガリと書くというシチュエーションは(前述のParker25は除いて)柔らかいペン先の万年筆にはおよそ適さない使い方だった。万年筆は筆圧や用途等に合わせて選ばなくてはいけないなどということも知らず、万年筆の本当の良さを理解することも感じることもできていなかった。しかもParkerしか使っていなかったおかげで、いつの間にか万年筆=Parker、高級筆記具=Parkerという図式が刷り込まれていた。

初めて買った本格的な万年筆もやはりParker、 ソネットだ。

当時の彼女が社販で安く買えるということだったのでお願いした。しかしこれも今考えれば筆圧が高い私に、数ある万年筆の中でもペン先が最も柔らかいソネットは実は不向きの万年筆であった。EFという細いペン先も相まって綺麗な字が書けなかった。

筆圧が弱くなりつつある最近であればまた書き心地も違ったものに感じるだろう。

その後、書き物をするのにソネットを使ったり、NHKのノベルティのシェーファーを使ったりしたいが、ふとしたきっかけに往年の名器Parker51を知る。これはなんといってもデザインが素敵。オークションやヴィンテージペンショップでも結構な値段がついている。しかしコレクションするわけでもなく、実用にしたい私としては中古はどうかなあなどと逡巡したいたところに、このParker51の現代版ともいえる、Parker100が発売されるというニュースが飛び込む。










これは買うしかない。
値段はネット通販で2万5千円くらいだったろうか。

そして買った。
届いた。
使った。
筆圧の高い私が書いてもびくともしないペン先。それでいて書き味はなめらか。秀逸なデザイン。綺麗なカラー。
これをきっかけに私のささやかな万年筆遍歴が始まる。

BCJ定期演奏会

9月16日(日)はバッハ・コレギウム・ジャパンの定期演奏会。
場所はいつもの東京オペラシティ タケミツメモリアルホール。

J.S.バッハ/教会カンタータ 〔ソロ・カンタータ 3〕
  《われはわが命運に満ち足れり》 BWV84  (ソプラノ独唱、Ob:三宮正満、Vn:若松夏美)
  《われは喜びて十字架を負わん》 BWV56(バス独唱、Ob:三宮正満、Vc:鈴木秀美)
  《われは足れり》 BWV82 (第2稿:ソプラノ版) (ソプラノ独唱、Fltr:菅きよみ)
  《われは行きて汝をこがれ求む》 BWV49(ソプラノ/バス、Org:鈴木雅明、Vcdsp:D.バディアロフ)
















今日は、ソロ・カンタータ。ソプラノのキャロリン・サンプソンはすばらしかった。潤いのある高音とでもいおうか。声量も十分。
バスのペーター・コーイは安定した歌唱であったが、低音部の声量が足りないように感じた。
ソプラノと並び、すばらしい演奏を聴かせていたのは、オーボエの三宮氏。演奏するのが大変らしいオーボエの古楽器であれだけ技巧的にも安定して、しかも歌っている。フラウト・トラヴェルソ(フルートの古楽器)といい、木管は古楽器演奏での大きな聴きどころの一つだ。

17時過ぎにオペラシティを出発して、そのまま川崎へテニスに行く。
当日は気温はそれ程高くなかったように思うが、海に近いせいか湿度の高い空気のせいで、少し身体を動かしただけで暑くてたまらなかった。2時間みっちり汗をかいて、その後、TG家で温泉とカレーをご馳走になり帰宅。
盛り沢山の一日だった。

2007年9月14日金曜日

GX100













































全てGX100
2枚目を除いて無修正

1cmまでよれるマクロ撮影は色々楽しめそう。
絞り優先露出が可能だったり露光補正やホワイトバランス等の設定変更が比較的簡単にできるので、シチュエーションに応じて様々な設定を選びやすい。

2007年9月11日火曜日

パール判事


中島岳志「パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義」白水社、2007

東京裁判において、インド政府から派遣されたパール判事は、A級戦犯に対して訴追された「平和に対する罪」と「人道に対する罪」が当時国際法において確立された罪にはあたらないとし、罪刑法定主義の観点から全員無罪とした「意見書」を提出した(これはかいつまんだ説明であり、無罪とする背景や根拠、論理全てを表すものではない)。本書はそのパール判事の意見書を俯瞰し、彼の生涯と思想の一端を紹介している。

彼は、時代の政治状況に影響されることなく、派遣された政府から独立した地位で、法律家として個人的な資格をもって自ら信じる司法的正義に従って審理にあたり、意見書を提出した。

自らの眼で見て、自らの耳で聞き、自らの頭で考え、自らの口で語ることの大切さ。
そのためには、それを可能とする眼と耳と頭と口を持つことだ。
他人の意見、マスコミ、政府、政治家、会社、評論家・・・の語ることを盲信せず、自分の代わりに判断してもらうような愚を避けることだ。
安易に「最近の日本人は・・・」などと批判を口にすることは好むところではないが、あまりに自分の頭で考えている人が少ないように思う。
考えることは苦しい、だから避ける。テレビがたれ流していることを自分で考えたことと錯覚する。いや錯覚することを望んでいる。なぜなら考えて語ることは容易ではないからだ。責任をもって考え、責任をもって語らなくてはいけない。
自分は、パール判事のように、自らの正義を信じ、その態度を貫くことができるだろうか。

それにしても、このパール意見書を都合良く解釈、引用して大東亜戦争を正当化しようとする論者がいまだに(今だから?)後を絶たないことには驚いた。

2007年9月8日土曜日

最近のCD



「JAZZ QUINTET -60」  Metronome(澤野工房による復刻)
Tp、Tsの2管クインテット。地下の暗いJazz Club、紫煙の中、ちょっとべたついた床にウィスキー。そんな世界そのままにこれは女・子供の音楽ではない。というと差別になるから、大人の男の音楽だ。一緒か。学生時代によく行っていた吉祥寺のJAZZ喫茶MEGを思い出す(まだ私語禁止で愛すべき時代錯誤の店だった)。


山中千尋「Abyss」Verve
当代随一の女流JAZZピアニストの1人。一曲目のLucky Southernは必聴。









Paczynski/Levinson/Jenny-Clark「Levin' Song」Atelier Sawano
澤野工房の同メンバーの一枚目「8 Years Old」のあまりの美しさに涙を流したので、見つけて即買い。今の自分には少し感傷的過ぎるように感じだが、これがピタッとはまるときもあるでしょう。






Helena Grimaud「Beethoven Piano Concerto No.5 / Piano Sonata No. 28」Grammophon

オオカミと一緒に暮らしているというか研究をしているフランス人女流ピアニスト。「現代最高のフランス人ピアニスト」との呼び声も高く、その美しい容姿に似合わぬもの凄い演奏を聴かせる。最近凝っている。

Helena Grimaud「credo」Grammophon











Boulez「Bartok the piano concertos」Grammophon
ブーレーズの指揮でバルトークのピアノ協奏曲3曲をそれぞれ、Zimerman、Andsnes、Grimaudが弾いている。すごい人選だ。まだ未聴。しかしこのジャケは冴えない。







Carlos Kleiber 「The Legend」DVD
PhilipsとGrammophonとUnitelの映像を集めたDVD5枚セット。前々から気になっていたがタワーレコードで1万円ちょっとでバーゲンしていたので買ってしまった。カルロス・クライバー、やはり最高の指揮者であったと思う。指揮を見ていて最も美しいと感じるのはクライバーだ。もっと沢山の音源を残して欲しかった。ウィーン・フィルのNew Year's Concertも89年と92年の両方が収録されている。これがえらく楽しい。「最近、New Year's Concertが聴いていて楽しいんだよね」と妻に言ったら、「年をとったということじゃない」と言われてしまった。確かに若い頃は興味はなかったが・・・。

立松和平「道元禅師」


立松和平「道元禅師」上下 東京書籍、2007を読了。

上巻 大宋国の空が500ページ超、下巻 永平寺への道は600ページ超、という大作。祖師に傾倒している立松和平渾身の一作。正法眼蔵からの引用の重複が多く、一気に読むと冗長な部分もあるが98年から06年までの連載をまとめたものなのでやむを得ないか。これは小説の衣を借りた立松版現代語訳「正法眼蔵」だ。「普勧坐禅儀」や「正法眼蔵随聞記」からの引用も多く、道元の思想、「正法眼蔵」に興味はあるが敷居が高いと感じている方や禅に興味を持っている方にはおすすめだ。

2007年9月7日金曜日

デジカメ


新しいデジカメを買ってしまった。
RICOH Caplio GX100

今まで使っていたデジカメはNikonのCoolpix5700という一眼レフではないが大型のもの。本当は一眼レフが欲しかったのだが、当時は手が出る価格ではなかった。
ハイエンドデジカメとしてその画質には満足しており活躍していたのだが、何分大きく持ち運びに難儀していた。
しばらく前からビデオカメラが加わり、旅行やちょっとした遠出にデジカメを持って行くのが億劫になっていた。

世の中これだけ小型で性能のいいデジカメが沢山あるのだから、もうそろそろその恩恵を受けても罰はあたるまいと思い、しばらく前から研究していた。

価格.comの口コミや2ch、様々なWebのレビュー記事等を見て、一時期ほとんどCanonのPower Shot G9(9月下旬発売)に決めていたが、ふとGX100を発見して、これだ!と直感的に感じた。24mm相当の広角レンズ!G9で唯一不満だった点だ。

同じRICOHのGR-Dにも惹かれたが、ズームと液晶ビューファインダーと手振れ防止の存在でこちらに決まり。

昨今のコンパクトデジカメとしてはかなり高価格。ヨドバシで68,000円の15%還元。

当初はCanonやPanaの薄型でいいやなどと考えていたが、調べていくとどんどんはまってしまい、大した知識も腕前もないくせにマニアックなものを求めてしまう。いつものパターン。

折角なので精々活用して写真を撮ろう。

2007年9月6日木曜日

石垣島
















夏休みで石垣島へ行ってきた。天気もよくて気持ちの良い休暇でした。一番の名勝である川平湾へ行けなかったのがちょっと心残り。竹富島にも日帰りで行って密度の濃い旅行でした。身体はとても疲れたが、心は軽くなった。

引っ越し

これ以前の記事はこちら。
http://blog.so-net.ne.jp/les_ombres_errantes/