義理の母が逝った。
結婚してから十一年間、様々な思い出がある。
娘と息子をこよなく愛してくれた。妻を助けてくれて、そして私を助けてくれた。
寂しい。
娘は「もう苦しくないんだから、おばあちゃんは大丈夫」と言った。病床で、また、死んでなお、娘はおばあちゃんの髪を解かし続けた。本人は最早涅槃にいて安心の境地にいるにしても、残された家族の喪失感を癒すのは大抵のことではない。
母は、生きている間、家族を一つにつなぎとめ、そして、死んでなお家族を再び一つにした。
生きることは悲しい。生きることは苦しい。
愛別離苦。
誰もが必ず死ぬし、そして誰かが生まれる。
無常、を言葉で知ってはいても、受け入れがたい現実。愛する人がいなくなるという事実。しかもこんなにも早く。
もう一日早ければという後悔。
日頃から健診に無理に連れて行けばという後悔。
前兆を見逃していた後悔。
親孝行ができなかったという後悔。
ありがとうと言えなかった後悔。
失うのであれば、あれも言ったのに、これもしたのに・・・。
届かない思いだけが、ぐるぐると浮かんで回っている。
もっと生きていて欲しかった。
娘と息子のなかに「おばあちゃん」をもっと刻み込んで欲しかった。
今はもう叶わない願い。
母は全力で生きて来た。全力で人生を駆け抜けた。そろそろ休まなくていけない時節だったのかもしれない。自らの死をもって家族に最後のお世話をしたのかもしれない。
悲しい。
平成十九年十二月四日、享年六十六歳、本当に多くの人に惜しまれて母は逝った。
